3.-1
「済みません、遅くなって…。」
「いや、俺もさっき来たばかりだから。分かりにくかっただろ?ここ。」
「こんな所にこんなお店あったんですね。」
テーブルの上のろうそく、丁寧な物腰のボーイ、小さく流れるBGM。
「居酒屋で焼き鳥の方がよかった?」
「いえ、素敵なお店です。よく来られるんですか?」
「俺には似合わないって顔だな?知り合いに紹介されてね。高樹君も、今度デートで使ってやってよ。」
デート。そういえば、これもデートみたい。ふと智樹の顔が浮かぶ。
「彼氏ぐらい、いるんだろ?高樹君も。」
「ぐらいって、なんですか?」
「彼氏、おられるんですか?高樹さんには。」
「ええ…、います…。」
からかうような口調に怒って良いのか笑っていいのか分からず、目を伏せる。
「長いの?付き合って。」
「学生時代からですので…。」
「そうなんだ。いいね。」
なにがいいね、なのだろうか。美味しい食事とワイン、その後の会話は他愛のないものだったが、意外にも次長が映画と本好きらしいことが分かった。志織もどちらかというとよく本を読んだり映画を観たりする方だったが、好みが違うのか知らない固有名詞が多く、あまり話はかみ合わなかった。でも、次長の話は苦痛どころか逆に興味をそそられ、時間がたつのが早く感じられた。
「どうして誘って下さったんですか?私を…。」
「ん?」
どんな答えが返ってくるんだろう?メガネの奥の次長の目は、やっぱり笑っているのかいないのか、分からない。
「聡明で、控え目で、たまに子供っぽい。飲み会は嫌いで普段はあまり喋らないけど、話すと面白い。俺の好きなタイプだ。」
今まで言われたことのない言葉を面と向かってかけられて、志織は言葉を返せず、戸惑ったような顔で視線を外した。
店を出て、二人で並んで歩く。
「いい季節になったよな…、ちょっと散歩して行こうか。」
繁華街を抜けた大きな公園はたまにジョギングをしている人とすれ違うくらいで、人気は少ない。暑くもなく寒くもなく、夜の散歩を愉しむには丁度いい。公園には大きな樹が多く、そのせいか、少し空気が濃くなった気がする。
「タバコ吸ってもいいかな?」
「ええ、どうぞ。でも、灰皿あります?」
「ちゃんと携帯灰皿携帯してる。」
不意に腕をつかまれ、木の陰に引き込まれる。
「ちょっ…。次長…。」
次長は大きな樹に寄りかかったまま、強い力で私の腰を抱き寄せる。
「タバコ吸うんじゃ、ないんですか。」
「タバコも吸うんだけど…。」
次長の手が私の両肩に掛かり、上から押さえつけられる、次長の意思を伝えるように、強い力で。次長の胸に置いた私の両手が、なすすべなく滑り降りる。次長は片手を私の頭に置き、もう片方の手でズボンのジッパーを下ろす。混乱した頭のまま、次長の顔を見上げてみる。やっぱり、笑っているのかいないのか、分からない目。目の前に、次長のペニス。次長の手が、私の頭を引き寄せる。私は目を伏せる。軟らかいペニスの先端を、唇に感じる。かすかに、男性の匂い。次長はペニスの先で、私の唇をめくる。
(こんなところで…こんなかっこうで…次長の…)
ぐるぐると同じ言葉が頭の中を回る。自分の心臓の音しか聞こえない。でも、自分の唇には次長の体温が伝わってくる。柔らかなペニスが、唇の間で充血していくのが分かる。じっと口を占領したままのペニス。次長の手に頭を引き寄せられ、唇を開かれる。硬く滑らかな先端が、舌先に触れる。次長の手が、私の頭を小さく前後に揺らし始める。何かの魔法にかかったみたいに、ただ次長のするがままにされている自分。目を閉じていても、ライターの音が分かる。大きく煙を吸い込み、それからゆっくりと吐き出す音。ペニスは唇の間をゆっくりと戻っていき、また先端で唇を割られる。熱い。胸が苦しい。息がしづらい。両手で次長の腰に掴まり、頭を揺すられ続ける。目を閉じて、次長のなすがままに。
「上手上手。」
頭を撫でられながら、褒められる。なにが?どうして?どうして嫌がらなかったのだろう。こんなところで。こんな格好で。どうして。
どのくらい時間がたったのか、随分長い間そうしていたような気がするが、本当はタバコを1本吸う間だけ。やっと口を解放される。タバコを灰皿に落とした次長が、私の唾液で汚れたペニスをハンカチで拭うのを静かに見つめている。
「ほら。」
渡されたそのハンカチで、唇の端をそっと拭う。ペニスをしまった次長の手が私の腕を掴み身体を引き上げる。脚に力が入らずよろけそうになるのを、次長の腕が抱き留める。
「嫌だった?」
「はい、嫌でした……。セクハラなんとか委員会に訴えます。」
「じゃ、行こうか。」
渡されたハンカチを返すタイミングが分からず、手に持ったまま次長の背中を追いかける。
近くの駅で別れ、ひとりで電車に乗り込み冷たい壁に身体を預ける。どうして次長は私にあんなことをしたんだろう。どうして私は次長にあんなことをされたんだろう。どうして褒められたんだろう。どうしてばかりで答えは見つからず、ただ夜の光だけが窓の外を流れていく。
夜、ベッドに潜り込んで目を閉じた志織の口の中に、あの感覚がフラッシュバックする。好きでもない男のペニス。唇と舌に、押しつけられた感触がありありと甦る。次長の匂いとペニスの熱さを思い出すと、口の中に自然と唾液が溜まってくる。いつも寝付きはいい方の志織だったが、今日はなかなか眠りにつけなかった。