WHO ARE YOU?-6
バスタブの中で体を密着させ、汗を流した。
俺が後ろから彼女の首筋にキスすると、彼女はくすぐったそうに笑った。
首のうしろにほくろがあった。
名前も知らない非現実的な女の、唯一現実的なものだ。
「なんで名前も教えてくれないんだ?」
「必要ないから」
「でも、何て呼んだらいいのかわからないじゃないか」
「君でもおまえでも、ビッチでもなんでもいい」
「そう言ったって……」
「こうやってセックスするだけの女だもの。何も知る必要なんかないじゃない」
「君は俺の事を知りたいと思わない?」
「うん、何も。たまに会ってこうやって夜を過ごして。ホテルを出る時は他人って言うのが、一番気楽よ」
「20代半ばから30代始め。仕事はしていない。働く必要がないようなセレブなんだ。きっとどこかのお嬢さん、あるいは若奥様。どう?」
彼女は声をあげて笑った。出会って初めて人間らしい仕草をした。そうだ、間違いなく彼女は生身の人間なんだ。
「いいセンかも。あなたの趣味は人間ウォッチング?」
「営業だからな。人を見るのは仕事のうちだ」
「ジェーン」
「え?」
彼女は風呂の中で向きを変え俺に向かいあった。
「アメリカの身元不明死体に付けられる名前よ。ジェーン・ドゥ」
「ああ、本で読んだな」
「私はジェーン・ドゥ」
「生きてるじゃないか」
「うん。生きてる。生きてるから、こうやってセックスがしたくなるの。
ねぇ、しよう?」
そう言って腕を首に回し、ディープキスを交わした。
結局、バスルームの濡れた床の上でまた彼女を抱いた。
髪を乾かし、裸のままベッドに入った。
タバコが欲しいと言うので俺のメビウスを渡した。
「明日は何をするの?どこかへ出かけるか、家でゆっくりするのか」
「さぁ、どうしようかな」
うまそうにタバコをふかしはぐらかす。
「君のアドレスが無理なら、俺のを受け取ってくれないか?気が向いた時に連絡してくれればいい」
彼女はふーっと煙を吐くと、吸いかけのタバコを消した。
「会いたいときはここに来て。それか、あの店」
「このままじゃ、いつ途切れるかわからない。それが不安なんだ。俺は、君を……」
「私を好き?愛してる?だけど、言葉なんか信じられない。確かなのは、体が交わるってる時だけじゃない?」
「俺は、君を独占したくなってる」
彼女は俺の顔を自分の胸に抱きこむと俺の髪を弄んだ。柔らかい乳房の感触を頬に感じ、俺は目を閉じた。
「こんな話があるの」