バリ島奇譚-11
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週末の夜、私いつものように投稿小説を書きなからいつのまにかソファで眠ってしまったようだ。
漆黒の窓の外には、烈しい雨が窓を叩いていた。いったいどれほどの時間を眠っていたのだろう
か。不意に夢から覚めた私は、途切れた夢の記憶をゆっくりとたどりながら、渇いた咽喉元にじ
わりと押し寄せる息苦しさ感じた。
「タカミザワ ユリエ」さんと六本木の喫茶店で会ってから一ヶ月がたつ。あのときユリエさん
が私の前に差し出した彼女の婚約者の写真…。
写真の中のカワシマという男は、私が離婚した元の夫だった…。
私は重いからだを引きずるようにマンションのバルコニーに出てみる。いつから降り始めたのか、
烈しく降りつける雨が階下の街を鬱蒼とした密林のように曇らせている。生あたたかい空気が火
照った肌を淫靡に撫でつけるように吸いつく。見上げた夜空は、まるで精液にどろりとした墨を
溶かしたような澱み、どこからかユリエさんが私を嘲笑するような声が木霊となって聞こえてく
るような気がした。
私の手元に届いたユリエさんからの手紙はバリ島から送られてきたものだった。短い手紙に添え
られた数枚の写真はユリエさんの結婚式の写真だった。白いウエディングドレスに包まれた彼女
の腰をしっかりと抱いたカワシマの表情は、かつて私が見たこともない瑞々しさに満ちあふれて
いた。
カワシマとすごした五年ほどの短い結婚生活が仄かに浮かんでくる。生活はどこまで平穏であり、
お互いが平穏であり続けることを望んでいた。もちろん私は、夫がマゾヒストであることを知ら
なかったし、彼もまた私が、かつてSMクラブのS嬢であったことも知らなかった。からだを重
ね、幾度となく性を交わしても決して深く混じり合うことがなく、互いに媚びることも溺れるこ
ともない偽りの時間。
そして私は彼と離婚した。別れる理由も別れない理由もなかった。理由が存在しないことが私た
ちの離婚の原因のすべてだったのかもしれない。お互いが望んでいるものをお互いが見つけられ
ない継続的な息苦しい焦燥。彼は別れるときに、今でも私を愛しているといった。
どうして…いや、どうして私を愛し続けられるというのか。私は苛立ちとともにまどろむような
気怠いため息をついたことを思い起こす。