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バリ島奇譚
【SM 官能小説】

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バリ島奇譚-12

…タカミザワ ユリエの手紙…

舞子さん、お元気でしょうか。喫茶店でお会いしてから早いもので一か月がたちますね。今、私
はバリ島で結婚式を終え、夫とふたりで目の前に海が見えるバリ島のヴィラで過ごしています。
彼はワインを少し飲み過ぎたのかベッドの中でぐっすり眠っています。

考えてみれば、私はすでにSMプレイというものにもう興味を失っているような気がします。男
たちの肌に血が滲むくらい鞭で打ちつけ、肉が爛れるくらい煙草の火で炙り焦がす。マゾヒスト
と言われる男たちはそれでもペニスを勃起させ、自愛に充ちた憧憬を自らの中に描き、身も心も
癒していく。それは決して私のものになる男たちではなく、私は逆に男たちに支配される憐れな
ミストレスでしかありえなかったのです。

あなたなら私の気持ちを理解できると思います。私はほんとうのマゾヒストの男が欲しかった。
《私に対して》身も心もゆだねることができる愛おしい男。それは私に、あるいは私が永遠に
隷属する男なのです。十数年前、私はおそらくカワシマに恋をしたのです。恥ずかしすぎるほど
の遅咲きの初恋でした。いや、彼に恋人がいるのなら、恋以上のもの、性愛以上のもので、私は
彼を彼の恋人から奪うことができそうな気がしました。でも、あのときカワシマは私との一週間
ほどのプレイを終えたあと日本へ帰国し、恋人の女性と結婚しました。

ヴィラの窓からは、水平線まで拡がるバリ島の海を見ることができます。その海の色は、黎明か
ら黄昏のときまで時間毎にその色合いを七色に変化させ、まるで神が潜んでいるような奥深さを
孕んでいます。この島には、昔、スコプツィ(※注)というロシアから伝わった宗教があり、私が
畏怖する司祭がいることを知ったのはかなり以前ことです。結婚式はその司祭によってとりおこ
なわれました。

前にも一度、あなたに話をしたことがあるかと思いますが、三日後に夫は私の手によって去勢さ
れます。もちろん、お互いの合意の上で。その瞬間、私たちをつなぎ止める目に見えないものは、
おそらくあなたが想像できないほど固い絆となるような気がします。

あなたとカワシマがどんな愛を囁き、どんな理由で別れたのかを、私は知る必要もないと思って
います。私たちが望んでいたこと…それが彼の去勢です。彼の去勢の瞬間、私もまた去勢される。
彼が私に隷属し、同時に私もまた彼に隷属するものとなるということなのです。この意味こそ、
私と彼を強くつなぎとめる至福の悦びであると私は信じています。SMという行為のカオスの
果てにある無限の性愛の姿なのです。あなたにこんなことを書くことに悩みましたが、私はカワ
シマを愛しています。そしてふたりだけの幸せをきっとつかむことができると思っています。

話が長くなりましたね。また、いつか舞子さんに会える日が来ることを楽しみにしています。 

…タカミザワ ユリエ


手紙を読み終えた私は、バルコニーの手すりに頬杖をつくようにもたれ、煙草に火をつけると、
深く吸い込んだ。生あたたかい湿り気を含んだ空気が頬に纏わりつく。夜空の奥深い昏さが怨念
を孕んだように毒々しく私の中を澱ませる。夜空の果てからユリエさんに去勢されるカワシマの
肉声が夜の沈黙を引き裂くような耳鳴りとなり、私の咽喉元を締めつける。

ユリエさんの性愛に対する正気と狂気、そして、果てることのない敬虔な欲望と禁欲は相反する
ものではなく、表裏一体となって究極の性愛の深淵に迫っていく。それは瑞々しい永劫に彩られ
た安息なのか、破滅へ向かう堕罪なのか…。毒々しい黄昏の太陽に焦がされる熱帯林の中でふた
りが悶え喘ぎ、混沌としたバリ島の極彩色の海に堕ちていく姿をふと想い描いたとき、その幻影
は烈しく降り出した雨の暗闇に静かに消えていった…。



※注釈 スコプツィ
「十八世紀のロシアで生まれたキリスト教の教派。スコプツィ、あるいは去勢教(きょせいきょ
う)とも呼ばれ、カルト宗教として異端視されることが多いと言われている。霊的キリスト教に
分類され、鞭身派(フルィストィ派) と近い世界観を持つ。この世の諸悪の根源は肉欲であると
し、これを根絶する目的として信者には去勢を行う。去勢の方法は、男性は睾丸切除による去勢
から始めて、完全去勢に至り、女性は乳房や陰核、小陰唇などを切除した。これらの切除は、踊
りや歌を交えた独特の儀式により、宗教的エクスタシーの中で行われと言われている…」
(ウィキペディアより引用)


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