『私の2回目のひと』-2
「おーい!ただいまー!」
夜7時。キッチンで煮物の味をみていると玄関から声がした。
「お父さんおかえ…」
火を止めて、リビングの入り口に視線をやった私は、信じられないものをみて言葉を失った。
「連絡してなくてごめん〜部下連れてきちゃった。この人、今年の7月からうちの部署に配属になった高橋くん。高橋くん、娘のななえです」
父親がテンション高めに紹介したのは、あの人だった。
「はじめまして、高橋です」
「は、はじめまして…」
この笑顔、間違いない。今日のスーツはネイビーだけど、この人に間違いない。
動揺する私をよそにその人の笑顔には一点の曇りもなかった。
「おかず、高橋くんの分もある?」
キッチンに入ってきた父親が勝手に鍋を開けて覗きこむ。
「だ、大丈夫!もう食べられるから、スーツ着替えてきて」
私は我に返り、父親にそういった。
(本当に私のこと覚えてないのかも…)
三人で囲む食卓。箸で人参をつまみあげながら、そっと高橋さんと紹介されたその人の様子をうかがう。
つまらない父親のギャグにも爽やかな笑顔で対応する高橋さんをみていると、そんな気がしてきた。
(そもそも人違いってこともあるか。この人があんなことするような人とはとても思えないし…)
私のそんな悩みも知らず、父親はどこまでも上機嫌だ。
「ななえちゃん〜ビールもう一本お願い!あとジョンダニエルくん出してくれ!シングルじゃないよ〜 ダブルだよ〜 」
「そんな飲んで大丈夫なの?やめといたら?」
「大丈夫!大丈夫!高橋くんも大丈夫だよね?」
「あ、はい!いただきます!」
大丈夫じゃなかった父親は、その1時間後にはひとり酔いつぶれていた。
「なんで学習しないのかしら。ほんと理解できない。毎回こうなんです。止めても無駄だからもう諦めたんですけど」
高橋さんに手伝ってもらい、いびきをかく父親をソファーに寝かせると私はそういってため息をついた。
「ななえちゃんはほんとしっかりしてるなあ。だからお父さんは安心して酔えるんだね」
「酔っぱらいは嫌いです。高橋さん、テレビでもみてゆっくりしてらしてください。私片付けしますので」
「ありがとう」
高橋さんは父親とは違い全く酔っている様子はなかった。同じくらいの量を飲んでいるはずなのにどこまでも爽やかだ。
(やっぱり勘違いだったみたい。似てると思ったけど、よく考えたらきちんと顔みてないし、一回しか会ってないし)
洗い物をしながらそう思った。
(あんな感じのいい人が痴漢なんてするわけないよね。失礼なこと思っちゃったな…)
「はじめまして、じゃないよね」
不意に耳元でそう囁かれた。気がつくと、高橋さんがすぐ後ろに立っていた。