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まことの筥
【二次創作 官能小説】

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まことの筥-5

「髪を隠す布をいただけるのであれば、お優しい心に報いなければなりません」
 妄想に我を失いかけている平中を醒ますように姫君が言うと、
「おお、頼まれてくれるかな」
「はい」
「うんうん。すぐに布を用意してあげよう。君、今度から私の姿をこの辺りで見たらすぐに出てきてくれ」
「承りました」
 平中はさっと身を退かせると、人に見つからないように立ち去る途中、頼んだよ、ともう一度言って垣の向こうへ消えていった。
 美しい男だった、彼のなかだちをすれば、またあの美しい姿にまみえることができる、と胸を踊らせながら自分の対に戻っていくと、衣を強奪されて単衣姿の女童が唐崎に叱られて泣いていた。姫君は借りていた衣装を脱ぎ捨てて女童へ放り投げ、
「……やっぱりきれいなお顔をしていたわ」
 と言って、女房が打木に掛けていた自分の衣に袖を通した。
「肝が潰れました」
 唐崎が溜息をつき、衣を着た女童を追い払う。それを姫君は呼び止めて、他の人には黙っていてね、これからも呼んだらすぐに来なさい、と言って近くにあった菓子を持たせた。
「ところで……、あちらの対に、とてもきれいな人がいるって本当?」
 姫君が言うと、女房二人が呆れた顔を浮かべて、
「まあ、あの男。姫様にも取継を頼みましたか?」
「まったく、見さかいがない……、色に狂っているとしか思えませぬ」
 その様子では心当たりがあるらしい。
「誰?」
「……侍従の君と呼ばれる者がおります。平中がずっと懸想しておりまして」
「ふうん……、侍従、ね」
 あの美しい男があんなにも恋焦がれるのは一体どのような人なのだろう。姫君は脇息に凭れながら考えていたが、「どんな人?」
 想像しても朧げにしか頭に浮かんでこなかったので二人に問うてみた。すると平中の雑言は笑い合いながらすぐに洩らしていたのに、侍従という女の話となると、顔を見合わせるもお互いの出方を窺うように言い淀んでいた。
「……何なの?」
 自分付きの女房なのだから、主君の命に従ってさっさと言えばいいものを。姫君が苛立って低い声で言うと、一人の女房が意を決して、
「たしかに、……美しい女房でございます」
 と言った。
「なに? なんだか言いにくそうね」
「はあ……」
 すると唐崎が、
「これ、姫君がご所望ですよ?」
 と二人を厳しい声で促した。
「……美しいのは認めますが、それを鼻にかけているところがございます」
「そうそう、澄ましているというか、わたくしたちを見下しているというか」
 途端に次々出てきた悪口に姫君は笑って、
「なるほど、あなたたちはその侍従の君が嫌いなのね」
 侍従には会ったことはないし、本当に鼻につく女なのかもしれないが、語る女房たちの顔を見ていると、そこには多分に嫉みが含まれていると思われた。
「いえ、そんな」
 一人の女房は謙虚に否定しようとしたが、もう一人、唐崎含めた三人で最も若い女房はより嫉みを持っているのだろう、
「いいえ、あの女はこの屋敷の仕え人からは嫌われておりますよ。平中に言い寄られて、少しの情けも見せずに全く相手にしないというのですから、驕っているに違いありません」
 と真顔で言った。
「まったく相手にしないの? あんなきれいな人に言い寄られて?」
「ええ。どれだけ文をもらっても返事もしないとか。……いつでしたか、一言も返事の貰えぬ平中が『せめて文を見たという一言だけでも返事を下さい』と、それはまあ憐れじみた文をやったのですが、侍従はその『見た』というところだけを破いて返したそうでございます」
 そう聞いて姫君は笑った。なるほど、なかなか気位の高い女房のようだが、平中相手にその機転たるやむしろ清々しい。そうなるとますます侍従に興味が湧いてくる。


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