〜 個室(33番) 〜-1
〜 個室・33番 〜
私よりも一回り背が高い、というくらいしか分からない。 食事の間はずっと俯いていて、先輩を観察する余裕なんてなかった。 とにかく、大きくて、怖い人だと思う。 それが私の先輩、B33番さんの印象だった。
私が先輩についていった先は、階段を上った四階の手前にある、『33号』とプレートがかかった小部屋だった。 先輩は一度も振り返らなかったけれど、私は階段も含めて行進姿勢を通したので、腿がはってたまらない。 いつ到着するのか、いつ休めるのか、そればかり考えていた。
改めて考えると、つくづく私は見通しが甘い。
がちゃり。
「……」
無言を通す先輩に続き、部屋に入った次の瞬間。
びしっ。
「きゃっ!?」
振り向きざまに、先輩が放った平手が右頬にはじけた。 さらに、
パァン。
「いぐっ」
返す手の甲で左頬ごと仰けぞらされる。 入寮時に9号教官から頂いたのと同じくらい強烈な刺激に、鼻の奥がつーんとなった。
「誰が入っていいっていった? もう自分の部屋になったつもり?」
「あ、う、あ……」
「ダメでしょ。 常識的に考えて、ここは先輩をたてないと。 ねえ?」
細長い爪が耳元を掠め、私の髪を鷲掴むなり、後ろに引っ張る。 ビンタによろめいたところを起こされて、戸惑う私のすぐ前、眉間に皺をよせた先輩の顔があった。
「すっ、すいません! そんなつもりじゃなくてっ、ごめんなさい!」
「ったく。 謝ればいいってもんじゃないけど、ま、許してあげましょーか」
「あぐっ」
乱暴に肩をつきとばされて、ドアにぶつかる。
頭の中は真っ白だ。 自分の幼年学校時代には、色々教えてくれたり、助けてくれたり、話し相手になってくれたり、そういう先輩に囲まれてきた。 先輩といえば、後輩に優しくしてくれるものと相場が決まっているのに、一体全体どういうことだろう?
もしかしたら、学園の先輩は私の想像と違うのか――茫然としていただろう私を立たせたまま、B33番先輩は棚から黒いものを手にとり、椅子に腰かける。 ピンと張ってみたり、ヒュッと振ってみたりしたところで漸くわかった。 長さ数メートルのレンジがある革製のムチだ。 そんなものを手にもって、一体何を鞭打つのか? 答えは『私』に決まっている。
そうだ。 ここは私が知っている世界ではない。 他人の排泄物を躊躇なく貪り、自分の排泄を他人に晒し、不条理な痛みと指導が跋扈する魍魎の世界。 寮なのだから、先輩と後輩が2人で過ごすのだから、安らぎがあるという考えが安直すぎる。 目の前にいる先輩は私を助けてくれる味方じゃない。 それどころか、私を乱暴に扱い、イジメる側の人間なのだ。 スーッと体温が下がるのが自分でもわかった。