〜 個室(22番) 〜-4
「むぁ……えぅ、えろ、えぅ、えぅ、あんむ……」
「ちなみにひなは、今朝『おいぬさま』のウンチを踏んじゃったんです。 ずっとブルーだったんですけど、やっと綺麗にできて嬉しいな。 ちゃんとウンチの味しますか?」
「えぅ、あんむ、んむ、あんむ……」
返事をする余裕はない。 味に気を配る余裕なんてあるはずもない。 如いて言えばゴム特有の薫りばかりで、他には何も感じなかった。
「それじゃあ次です。 中敷きとか、横の汚れは口の中じゃ無理なんで、舌で落とすんですよ。 ちゃんとバカみたいに舌を伸ばして、ほら、ぺーろぺろです。 あっ、あっ、頭は床につけたままです。 舌が届かないときは、もっともっと伸ばして舐めるんです。 顔をあげるなんて横着です。 あさみちゃんは足ふきマットって、何度も言わせないで下さい。 床から剥がれる足ふきマットなんて、不気味すぎて笑えません」
「……つぅっ! ん〜っ、んん〜っ、れろ、れろ、あうぅ……」
口から抜いた爪先を含め、口許で先輩の靴が揺れる。 私が舐めようと舌を伸ばしても、そこに靴はなく、ほんの少しだけ上で揺れている。 どうにか舌を届かそうとしても、すでに限界まで舌は限界で、舌先を震わせたり、喘いだりしてもどうにもならない。
後頭部を床から離してはいけないらしい。 顔をよじり、後頭部を床につけたままできるだけ口をあげてみる。顎をあげて、陸にあがった軟体動物みたく口を尖らせ、ぷるぷる舌を震わせる恰好。 こんな無様な姿勢をとる目的は、年齢の変わらない同性の靴を舐めるためでしかないのだ。
「この辺をね。 ほら、綺麗にしてください」
舌が届くか届かないか、ギリギリのところに靴の底を定める先輩。
口角を広げ、精いっぱい伸ばしすと、とうとうつぼめた舌の先端がゴム底に触れた。
「れろ、ぺちゃ、れる、ぺちゃ」
「んふふ♪ 思ったよりお上手ですよ。 舐めてるお顔もアホそのもので、カワイイです」
「れろ、ぺちゃ、ぴちゃ……れる、れろ」
「こっちはもういいですけど、もう片方の靴もです。 埃払いからもう一度いきますよ、足ふきマットのあさみちゃん」
ぐにい。 別な靴が私の顔を踏みつけた。
「ぅぅ……はい。 お願いします」
「返事はいいから、ほら目を開けて、鼻を広げて」
「んふっ、ふっ、ふうっ、ふうっ」
醜く顔を変形させて、私は鼻孔を膨らませる。
靴越しに先輩の楽しそうな声。
「この流れが『足ふきマット』の基本です。 唾で汚れて臭くなっちゃったときや、そういう気分じゃないときは、別の穴で仕上げたり、お尻を擦ったりもしますけど、だいたいこんな感じです」
唾で汚れて……? 自分から人の口に靴を突っ込んでおいて、それを汚れと表現する?
そういえばバカみたいに鼻を膨らませることに夢中になって、股間が踏まれていることに気づかなかった。 さっき懸命に舐め啜った靴は、まるで唾を拭うように、私の恥丘で靴底を擦っていた。
「もの覚えが悪いと立派なお道具にはなれないです。 この調子で、次はお風呂で『タオル』になってもらって、そのあとがお勉強の照明と『足ふきマット』、寝る前には『便器』になってもらいます。 まずは4つ、ひなの大切なお道具をお勉強してくださいです。 わかりましたか?」
「んふっ、んふっ、んふうっ、ふうっ!」
豚にされた鼻で靴裏に鼻息をふく。 埃を払うというが、実効のほどは大いに疑問だ。
布巾で一度サッと靴底をぬぐえば済むことを、顔と身体を汗だくにして代用している。 換言すれば、こと掃除という機能において、私の身体が布巾一枚に及ばないことを、拡がった鼻で実感させられる。 口で汚れを舐めとることも、きっと『唾で臭くなった』と難癖をつけられ、次は唾を拭うために身体のどこかで奉仕を求められるのだろう。
「わ、か、り、ま、し、た、か?」
ぐいぐいぐい。
一音ごとに区切りながら、瞼ごしに圧がつたわる。
「んふっ……ふっ、ふぅん」
私はかすかに首を縦にふった。 顔面を踏みつけられながら、しかも声を禁じられた私には、これが精いっぱいだ。 そしてモノだろうとお道具だろうと、与えられた指示に従うことが、私にできる全てなのだ。
寮の畳が体温を奪う。 すっかり冷え切った心と身体に、イグサ特有の肌触りが沁みた。