たぎる-6
(6)
あの夜以来、正彦は部屋に来ない。マッサージもしてくれなくなった。
なるべく早く床につき、息をひそめて待っていた。鍵はかけずに。もしやってきたら、何も言わずに迎える覚悟だった。
(どうしてなのだろう……)
事の重大さに後悔しているのだろうか。
母親とセックスをした!重い良心の呵責に苛まれているのだろうか。
(いや、そんなはずはない……)
変らぬ日常を見ればとても考えられない。
ならば……『味』を知って魅力がないと思ったのか。紗枝のほうがいいと……。
若さではかなわない。だが、男の性感は熟知しているつもりだ。長年培ったテクニックだってある。男が悦ぶ腰の動き、煽り、締め上げ。18の娘には負けない。
(自分を見失っていく……いけない……)
わずかの時間そんな想いがよぎり、しかしそれを引き戻す気持ちは薄らいで、やがて消えていった。
正彦を『男』として、紗枝は『女』として見つめていることをはっきりと自覚した。
木綿子は湧きあがる女のたぎる情念の中に呑み込まれていた。
(2人はどんなセックスをするのだろう……)
淫らな好奇心が日に日に膨らんでいった。
紗枝がどんな応じ方をするのか。感じ方はどうなのか。それに、
(正彦……)
本当に悦んでいるの?セックスの奥深さを知っているの?
子供じゃないけど、所詮、17、8の真似ごとセックスだ。迸る性欲を排泄しているだけだ。本当のセックスの悦びは体も心も麻痺して異空間に飛び出すほどの強烈なものだ。
気持ちが昂ぶってそこまで考えてから昂奮が徐々に醒めていった。
(そんなセックス、自分でもしたことはない……)
ないけれど、それを求めて夫婦は、あるいは大人の男と女は惹き付け合うのだ。そんな簡単に肉体を弄んではいけない。……
(あたしは何を考えているんだろう)
想いの中に何も一貫性がなく、気がつくと虚しさに被われていた。
(今夜は、やる……)
つまり、セックスをする。
2人の様子から木綿子が直感したのは数日後のことである。
夕食後、偶然捉えた2人の目くばせ。視線の交差は一瞬のことだったが、間もなく紗枝が、
「あたし、お風呂入ってくる」
「あら、珍しい。早いのね」
「今日はなんか疲れたから早めに寝る」
すると正彦も、
「俺も次入るよ。来週からテスト勉だし」
子供たちはいつも木綿子よりあとに入る。取り決めはないが、ずっと習慣化していた。土曜日で明日は休日。いつも遅くまで起きていて翌朝は昼近くまで寝ているのに、今夜に限って2人とも……。
(きっと、セックスだ)
そう思ったのである。
風呂から出た紗枝が顔を見せ、
「お母さん、お休みなさい」
声をかけてきた。そして正彦も同じようにわざわざ居間にやってきて、
「おやすみなさい」
そのまま2階へ上がっていくのが常なのに、まるで寝ることを念を押すように言った。
「お母さんもすぐ入って寝るわ」
木綿子も合わせて言い、正彦とすれ違うように浴室に向かった。そしてシャワーを簡単に浴びて、2階に聴こえるように部屋のドアをやや強めに音を立てて閉めた。
ドアのそばで耳を澄ませ、腹這いになった。自分の鼓動が聴こえる。
(もう2人は一緒だろうか……)
どこかが軋む音がして木綿子は体を熱くした。木造家屋ではときおりきこえることがあるが、今は若い裸体が重なったことしか浮かばない。
起き上がるとドアノブをゆっくり回して少しずつ開いていった。隙間から廊下を窺い、誰かがいるはずはないのに確認して息をついた。
目の前に階段がある。見上げる先に2つのドア。
(また紗枝の部屋か……それとも……)
1歩踏み出した時、かすかに紗枝の声が聴こえた気がして足が竦んだ。
いったん部屋に戻ったのは靴下をはくためだった。足裏に湿り気があって音が気になったのである。
ふたたび廊下に出て、手をつきながら猫のように階段を上っていった。
中ほどまで来て、微かだが確かな声を聴いた。ほんの一瞬、洩れてきた。
(紗枝だ……)
その声は正彦の部屋からだった。
(あのベッドに……)
階段を上り切り、四つん這いのまま滑るようにドアに迫った。息ぐるしい押し殺した声が切れ切れに聴こえる。
「ああ……気持ちいい……」
「感じる?紗枝」
「感じる……感じる」
木綿子は息を呑み、ドアの隙間に顔を寄せた。はっきり会話が聞き取れる。ほんの数メートル先で2人は抱き合っている。
「まさくん、すごい、激しいよ、舐め方、激しいよ」
「だって1週間ぶりだよ」
「しょうがないよ。生理だもん」
「女って面倒だね」
「まさくん。オナニーした?」
「しないよ。我慢してた」
「ほんと?」
「ほんとだよ。我慢してると勉強なんかできなかった」
「だからフェラしてあげるって言ったのに」
「うん。でも、紗枝と抱き合ってしたいから」
「きょうはいっぱいしよ」
「うん」
「まさくんのも舐めたいな。69しようよ」
「うん」
「あたし、上になる」
がさごそと動く音がしてベッドが軋んだ。
「すっごいカチカチだね。ずきずきしてる」
(握ってる!)……
「紗枝もいっぱい濡れてる。垂れてくるよ」
「まさくんを待ってるしるしよ」
「ああ……」
紗枝の声。正彦が、
(アソコを舐めたんだ)
「あう、気持ちいい……」
正彦の呻く声。
(紗枝が、咥えた!)
あとは鼻声の淫靡な紗枝の呻きがときおり洩れ、間もなく、
「もう、出そう」
「じゃ、早く入れて。あたしもまさくん欲しい」
声が途切れ、やがて2人同時に歓器の声を絞り出した。
いつ部屋に戻ったのか憶えていなかった。……