恋人にしたい-1
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雲ひとつない青空とはこんな日をいうのだろう。
真っ青に薄いベールをかけたような空は剥き出しの腕に春の日差しを降り注ぐ。
後ろから自転車で追い越していく他の生徒たちが、きっちりと制服を着込んでいるのが不自然にさえ思えるような日だった。
紫外線が一番強いのは真夏ではなく、春だとどこかで聞いたような気がする。
背中にじんわりと汗を染み込ませて帰宅すれば、自宅の前にトラックが停まっているのが見えた。
僕の家の隣には古くから木造のアパートが建っていた。
昔は学生がたくさん住んでいたらしい古いアパートだったが、それも3年ほど前に改築され、こうした光景もしばしば見られた。
ただ、今日に限っては大きなトラックがうちの玄関口を塞いでしまってるようで自転車が通れそうにない。
運転手に文句を言ってやろうかと思ったが僕はしばらくの間、筋向いのブロック塀に寄りかかるように佇んでその様子を伺っていた。
「ありがとうございました!」
ほどなく、帽子を取って元気よく挨拶した運転手が戻ってきてトラックを動かした。
それを女の人が見送りに出て来ている。
どうやら今度引っ越して来た人のようでトラックはすぐに走り去ったが、その後で隣の家に入ろうとした僕に彼女は軽く頭を下げた。
「こんにちは。ごめんなさい、ご迷惑かけちゃったみたいね。」
彼女はトラックを見送ったその手で空中に何か掴み取るようにゆっくりと下げながら声をかけてきた。
少し腹を立てていたのだけど、その人の笑顔ですべてを忘れる事ができた。
とはいっても何も返せる言葉もなく、こめかみを流れる汗を肩で拭い軽く会釈して自宅に戻る。
僕の気持ちはこんな日の青空のようだった。
それから、僕はこんな時にどんな言葉を返すべきだったのかを考えた。
きっと、見た目のまま愛想のない男に見えたに違いないだろうと思ったからだ。
それから、なぜあの人の笑顔ひとつがこんなにも気分を晴れやかにしたのだろうかも考えた。
それはきっと・・・トラックを見送る時の笑顔と僕に向けた笑顔の間に一瞬見せた困惑したような顔だったと思う。
僕はその、笑顔と笑顔の間にみたその人の表情の移り変わりが心底美しいと思えたのだった。
隣のハイツに越してきたのならば、またきっと会えると思う。
その事だけでも、僕の気持ちは和らいだように感じた。
いくつぐらいだろうか?
ひとりで越してきたのだろうか?
妄想はいつでも儚いものだと思う。僕の自分勝手で別の世界を創り上げてしまう。
ひとりきりで越してきて、年はきっと28。
女の28という年齢は僕にとって具体的に大人の印象を数字にしたものだった。
本当は25かも知れないし、30かも知れない。
足元がタイトなジーンズはお尻が大きく見えたのだけど、彼女の好みなのだろうか?
ベージュのリボンのようなゴムでひとまとめにした髪。
洗いざらしのブラウスから覗く白い胸元は眩しかった。
もっと近くに寄る事ができていれば、きっといい匂いがしたに違いない。
僕はお姉さんができたみたいに時々あの人のところに遊びにいったりする。
優しくて、さりげなく気遣ってくれて・・・そこはどうだろう?
もしも、彼女がお姉さんみたいな恋人になってくれたとすればエッチな事もありなのだろうか?
それとも、僕は世話にやける弟のままでそういった要素はまったくないのだろうか?
僕たちはいつまでも仲がよくて、僕はきっというのだろう。