寂滅の盾 ☆-1
2006年 12月24日 クリスマス・イブ
「次にお会いする日なのですが、ご一緒していただきたい場所が…… 」
薄れるゆく意識の中、少女は男の言葉を想い出すのである。
全長×全幅×全高=3800mm×1720mm×1130mm
ホイールベース=2300mm
車両重量=950kg
駆動方式=MR
エンジン= 1.8リッター直列4気筒DOHC・スーパーチャージャー
最高出力=162kW(220ps)/6800rpm
最大トルク=250Nm(25.4kg-m)/4600rpm
トランスミッション=6速MT
ボディーカラーのアイスホワイトは、まるで男が愛した少女のようであった。
この年発売された車を男は再び手にし、少女と共に高速道路上一路、静岡の浜辺へと向かっていた。
スピードメーターは終始110キロ前後を示し、流れに合わせて走行するのには可も無く不可も無かった…… はずであった。
しかし不運不遇は、突然忍び寄って来る。
《多重追突事故》
原因は些細な事であったが、結果的に車両12台死傷者6名の重大事故に数分後巻き込まれる事になる。
そして運転席の男は、望んで6名のリストに名を連ねる事を選ぶ。
男の運転する車は、事故直後運良く難を逃れたかに思われた。
車両はその構造故大破したが、男も助手席の少女も幸い軽傷程度。
しかし後続車が迫っていた。
瞬間、男はステアリングとアクセルを操作する。
男がその瞬間何を思い何故そうしたのか、今となっては誰も知る事は出来ない。
ほんの数十センチにも満たない移動ではあったが、それが助手席の少女を守り自らの命を絶つ選択となる。
…… …… …… …… ……
…… …… …… ……
…… …… ……
…… ……
……
「恵利子、恵利子」
(…… )
「恵利子」
(…… )
「…… 」
「っでも? どうして?」
女性の声
「…… …… …… …… それが …… …… 」
聞き取れない男性の声
ゆるやかに時が流れていく。
「恵利子、恵利子」
(! )
自身の名を呼ぶ声に、ほんの僅かにではあるが意識が集中する。
意識は集中するが、思考がまとまる事はなく霧中へと消散していく。
瞼を開く事は叶わない。
それでも記憶だけが巡る。
とおいむかし……
「ねえ、どうして泣いているの? どこか痛いの?」
女の子が泣いている姿を見かけた男の子は、極自然にそう話しかける。
「…… 」
「ねえ? それとも…… ?」
再び男の子は問い掛ける。
「…… 」
それでも女の子は泣き続ける。
「…… そうだ!」
男の子は困惑するも、三度女の子に語りかける。
「!?」
泣き腫らした目で、男の子を見上げる女の子。
「僕は不易流行(ふえきりゅうこう)、ヘンテコな名前だろ?」
「ん?」
僅かに女の子が関心を示す。
「僕はきみを守る盾、いつでも、いつまでも、きみと共に在るよ……」
「…… ……?」
女の子と男の子のやり取りを少し離れた位置から観ている自分を感じる。
(あれは、あれは? あの女の子は? あの女の子が私だったの? )
誰に問う訳でもなく、そう自然と想う。
『…… そう。そして、そうとも言えるし、違うとも言えるわ』
不意に自身に宿る、もうひとりの自分がそう応える。
(っえ!?)
『ようやく、おめざめ?』
皮肉めいた口調で、もうひとりの自分は呟く。
(ここは? わたしはどうして?)
『そう悲観したもんじゃないわよ。約束は果たされた…… ただそれだけのこと。そして貴女は、ここに在る。同時に都合の悪い存在の幾つかも消えたわ。…… いいえ、消えてもらったと言った方が正確かしら?』
(いったい、なんの事を言っているの?)
『すべては、貴女の願いそのままによ。それに…… 貴女っ、少し休んだ方が良いわ』
(まっ、待って!)
『…… だったら、少しだけ思い出したら良いわ』
もうひとりの恵利子がそう言うと、幾つかの画(ビジョン)が浮かんでは消えて行くのである。