再出発-1
胸が張り裂けそうだった。海斗にしっかりと別れを告げるか告げないか真剣に悩んだ。そして瀬奈は海斗の顔を見ると決意が揺らぐ自分が容易に想像出来た為、別れを告げずに出て行く事を決めた。そんな自分を海斗は分かってくれると信じていたから手紙一つで海斗の元からいなくなれたのだ。
海斗がまだそれを知る前の昼前、瀬奈は機上の人となっていた。空から見る海…、海斗との思い出が詰まったその地を見ると胸が張り裂けそうになった。海斗のみならず幸代、鉄夫夫妻、街の人達…、全ての方々の優しさが瀬奈の涙を誘った。次第に見えなくなるあの地をいつまでも見つめていた。
飛行機が福岡に着く。既に両親や有樹には連絡しておいた。ロビーに出ると3人の姿が見えた。瀬奈はその姿を見つけると、まず深々と頭を下げた。
「瀬奈!無事だったんだな!良かった!」
まず瀬奈を抱き寄せたのは父親の康平であった。そして涙ぐみながら母親の美香が脇に立ち無事を喜んでいた。その輪から一一歩下がり、両親に遠慮するような様子で有樹が見つめていた。瀬奈は有樹の存在を認識しながらも、その姿を視線の端に置いていた。
「心配かけてごめんなさい。」
どちらかと言うと無表情な瀬奈であったが、康平は表情が浮かないのは疲れと心配をかけた負い目から来ているものと感じた。まさかそれが本当は海斗の元に帰りたくて仕方のない気持ちを表していたものだとは夢にも思わなかった。色々言葉をかけられたが無機質に答える瀬奈。何を言われたのか殆ど覚えてはいなかった。瀬奈は有樹と会話をする事なく運転手付きの康平の車に乗り実家へと向かった。有樹は心配しながらも空港で別れ仕事に戻った。
(心配そうな顔しちゃって…)
瀬奈はそう思った。しかしすぐにそんな自分ではいけないと反省した。その心理は海斗を忘れられない自分の表れだからだ。これからは有樹を認め、夫婦としてやり直さなければならないのだ。でなければ海斗から与えられた全ての事が無駄になる。海斗や幸代達が自分に真剣に向き合ってくれた事を無駄にする事だけは絶対にしたくなかった。いつか立ち直った自分を見せられるようになる為、瀬奈は必死で頑張っていこうと決めたのであった。
実家に帰りあれこれ聞いてくる両親に真実は何も答えなかった。しかしそれを深追いせずに世間話に持って行く両親。基本的に両親にとって瀬奈は大事な娘なのである。結婚するまでは関係は良好なのであった。それを知るが故に時間が立てばまた普通通りの愛くるしい姿に戻るのだろうと、割と楽観視していた。結婚生活により瀬奈が抱えた深い闇を、両親はまるで分かってはいなかったのであった。