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THE 変人
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進藤瀬奈として。-6

 それから家に帰り、いつもと変わらぬ生活が始まった。海斗も瀬奈もその話題には触れなかった。もし瀬奈が今すぐ戻ると言っても引き留めないつもりだ。それが当然だし、引き止める資格など自分にはない事ぐらい分かっている。どう考えても今のままずっと瀬奈と暮らすのは現実的ではない。まずは瀬奈を捜索している人達の元へ帰るのが筋だと思っていた。
 その事は幸代にも伝えた。
 「海斗さんはそれでいいの!?現実的にはそうかもしれないけど、二人は出会ってしまったんだよ?お互いの人生が交わってしまった以上、そんな簡単に割り切れないでしょ!?」
 「そうだけど…分かってるけど…」
幸代は自分の事のように心配してくれた。それが物凄く有り難く感じた。しかし自分でもどうしていいのか分からない。いや、本音は分かっている。別れたくはない。しかし…でもなのだ。他にも色々心配してくれたが、耳には入って来なかった。
 海斗は瀬奈に、常に10万円を持たせていた。何があっても困らないようにだ。その何があってもの中には神戸に戻る時の為という意味も含んでいた。それは暗に瀬奈も理解していた。覚悟は決めていたはすだ。しかし胸が常にモヤモヤとしていた。
 1週間後、海斗が仕事を終えて帰ると、いつもはついている電気が消えていた。その瞬間、海斗は理解した。しかし自分を驚かせようとしているのかも知れないという気持ちを心のどこかに置き、鍵を開け中に入った。
 瀬奈が来てから感じていた家庭的な雰囲気は跡形もなく消えていた。海斗が抱いた微かな希望はもはや崩れ去っていた。
 「竜宮城か…。」
楽しかった時間がまるで夢のように思えた。まさに竜宮城から現実に引き戻されたような虚しさを感じた。すると机の上に置かれた手紙に気付く。海斗はワクワクする事もなく、無機質に手紙を手に取り、取り出した。
 「海斗、愛してる。」
それだけで十分だった。たった一行の文字に全てが詰め込まれていた。顔は笑っているのに何故か涙が溢れてくる。
 「俺もだよ、瀬奈…。頑張れよ…。」
海斗は顔を天井に向けた。涙が止まらない。まさか瀬奈との別れがこんなに辛いとは思わなかった。失って初めて知る自分の気持ちを伝えられなかった事が悔しい。海斗の心には大きな穴がポッカリと開いたように孤独を感じた。
 翌日聞いた事だが、昨日、瀬奈は鉄夫の家へ寄り、長い間犬のデルピエロと遊んでいたとの事だった。その様子はまるで別れるのを惜しむかのようにどこか寂しげであったと聞いた。自分の大好きなビスケットをデルピエロと食べ、体を寄り添うように体を撫でていたとの事であった。そしてその後、この街から瀬奈の姿を見た者はいなくなった。


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