再出発-10
｢さっさと別れて私と…｣
優衣の言葉が急に途切れた。
｢ん？｣
有樹は優衣の顔を見る。するとみるみるうちに表情が変わって行くのに気付く。優衣の視線は有樹を通り越し、その背後に向けられていた。目を丸くして恐怖の表情に変貌をしていた。
｢あ…、あ…｣
言葉にならない優衣。有樹が振り返ると一瞬にして全身が凍り付いたような恐怖に包まれた。
｢…｣
何やら瀬奈はブツブツと呟いていた。幽霊のような冷たさを感じる。その手には包丁が握られていた。
｢…ワタシノナニガイケナイノヨ…。ドリョクシテンジャン…、ナンデモイウコトキイテンジャン…。｣
聞こえるか聞こえないかの微かな低い声に威圧される有樹。瀬奈の異変に足が動かない。
｢せ、瀬奈…お、落ち着け…｣
しかしゆっくりと歩み寄って来る。危険と感じながらも優衣も体が動かなかった。
｢ねぇ…、私が何か悪い事した…？｣
｢し、してないよ…！｣
｢私、何も努力してない…？｣
｢そ、そんな事ないよ！｣
すると俯き気味であった顔がガッと上を向く。その表情はもはや何と例えていいか分からない程の、憎しみに満ちた盤若のような恐ろしい顔であった。
｢う、うわっ！！｣
恐怖で身動きが取れない有樹に包丁が振り下ろされた。
｢ヒイッ！！｣
思わず体を自衛した腕を刃がかすめた。切れたシャツから血が滲む。
｢ヒッ…ヒッ…！｣
優衣はその場にへたり込んでしまった。殺される…、2人とも殺される…、優衣は覚悟した。
｢何が正解なの…？どうすればいいの…？ねぇ…教えてよ！！｣
瀬奈は泣き叫びながら包丁を投げる。クルクルと回転しながら飛んできた包丁は有樹の髪を掠め優衣の体のすぐ脇に転がり床に落ちた。
｢ヒッ…！｣
震えが止まらない優衣。瀬奈は止められない程の興奮状態にあった。
｢もう無理だわ…。もう…。私は…私は…、ウわぁぁぁ！！｣
大きく叫び声を上げた瀬奈は回りにあるものの全てを蹴飛ばし、そして破壊して暴れた。その姿をただただ見つめている事しか出来なかった有樹と優衣。暴れ尽くした瀬奈は背中で大きく息をしていた。
そしてフラフラと歩き出した瀬奈は優衣のバッグを取り上げた。さほど強い力ではなかったが、優衣には全く抵抗出来なかった。
｢もう頑張らない…。さようなら…｣
｢せ、瀬奈…！｣
階段を降りていく瀬奈。しかし有樹は足が動かない。力なくフラフラと歩いて消えて行く瀬奈の背中を見つめる事しかできなかった。