貧乳コンプレックス-6
保住が顔を上げ、少し驚いたような顔をする。
「へえ……お前がありがとう、なんてな」
いつものようにわたしをバカにしたような笑いと共に奴は言った。
「お互い様だよ」
保住の憎まれ口に、わたしは言ってやる。
「あんたがわたしに謝るなんて、こっちこそびっくり」
そんなわたしの言葉に、保住は頭をがりがりと掻いた。
「まあ、何だ、貧乳は貧乳だけど言い過ぎたかなって」
「また貧乳って言う!」
わたしは枕をぼん、と保住の顔に叩き付けた。
「貧乳は貧乳……」
顔にめり込む枕を引き剥がした保住は、そう言い掛けて口を噤んだ。
「どうせ、どうせ貧乳だもん! 皆みたいに胸なんかないよ! わたしを助けた時、やっぱり胸小さいなとか思ったんでしょ!?」
今まで溜め込んでいた思い、言葉が口を衝いて出た。
それと一緒に、涙までも。
「あんただって他の男子だって、胸の大きい子が好きなんでしょ!?」
コンプレックスの塊が、言葉になって出て来る。
保住の前で嗚咽を漏らしながら、情けなくも奴に当たる。
「もういーよ、保住なんか!」
(期待したわたしがバカだった)
枕で何度も何度も奴の顔面を叩いた。
奴に当たるなんて本当情けないけれど、それでも誰かに当たらないとやっていられなくて。
はあ、と大きく溜息を付いて奴は口を開いた。
「何でお前、気付かねぇんだよ」
呆れたような口調、口もとには少しだけ笑みを浮かべて、保住は言った。
「何で今までこうも飽きずに貧乳貧乳言ってると思ってんだよ」
わし、とわたしの頭を掴み、涙に塗れた顔を覗き込んだ。
「好きだからに、決まってんだろ」
照れたような表情、わたしは保住の言葉に更に顔を歪ませた。
「……れ以上……これ以上、泣かさないでよ」
呟くように言って、あいつの胸に頭をこつんとぶつけた。
保住はぽんとわたしの頭に手を載せて、そっとわたしを抱き寄せてくれた。
「ったく、結局俺に言わせやがって」
「ッ!」
ばっとわたしは顔を上げる。
保住はにやりとした笑みを口もとに浮かべた。
「俺はお前がいつ言ってくれるかって、ずっと待ってたんだけどな」
「……バカ保住」
何だ、ばればれだったと言うわけ。
素直になれなくてずっとやきもきしてたこの思い。
あいつには分かっていたと言うわけか。
恥ずかしいと言う気持ちよりは、一気に気が抜けて、わたしは脱力する。
「だって、そんなの、何で言ってくれないのよ……」
「バーカ。好きな奴に好きって言わせたいだろ」
保住の笑顔が眩しい。
わたしの顔がまた赤くなる。
「わたしなら、好きな人に好きって言って貰いたいけど」
「なら、言ってやるって」
保住は言って、その逞しい腕でわたしを抱き締めた。優しく、包み込むように。
制汗剤だろうか、ほのかな蜜柑の香りが鼻孔を突く。
「好きだ」
――これ以上嬉しいことって、ないよ。
わたしの目尻に再び涙が浮かんだ。
夢じゃないよね?確認するように、わたしは恐る恐る言う。
「わたし、勉強苦手だよ」
「そんなの俺の方が苦手」
「料理出来ないし」
「そんなの気にしねぇって」
「……胸、小さいし」
その言葉に、保住はぎゅっとわたしを抱く腕の力を強めた。