名古屋から来た女-3
3.
石川恭子、名古屋では人に知られた石川総合病院の院長の一人娘だ。
幼少より、この病院はいづれ自分が背負って立つと心に決めていた。
ためらいなく医学部を出て医師免許を取り、経営の勉強にアメリカに留学をして、MBA 経営学修士のタイトルも取った。
今は病院で実務経験を積みながら、着々と将来に向かっての足元を固めている。
父の院長から見合いの話が出た。
それは晴天の霹靂で、恭子の脳細胞からは全く欠落をしていた。
医師免許を取り、留学をしてMBAを取るのは、尋常なことではない。
とりわけ頭が良い訳ではない。大学も東大を目指すなんて事は初めから諦めて、私立を選んだ。
努力型と自認する自分に見合った学校を選び、後は化粧を忘れ、それこそ髪を振り乱して必死に努力を重ねた成果である。
男に全く興味がなかったわけではない。成熟した身体を持て余して、自らを慰める夜もあった。
しかし、スッピンで髪も梳かさず、ガリ勉に明け暮れる女に興味を寄せる男はいなかった。
見せられた相手の写真は、中々のイケメンで、女心をくすぐられた。
外科の専門医との事で、自分の夫として病院を支えてくれる強力な戦力になる、実務上の損得もちらりと頭をかすめた。
翻ってわが身を見れば、とても男性を魅了する容姿を備えているとは思えない。
今は男性でも化粧をして、ネールサロンに通う時勢。
シマッタと思うが、どうしようか????
父は先方に見合いの日取りを伝えなければと言う。とりあえず2週間の余裕を見て返事をした貰った。
地元の名古屋では、何をしても人目に付いてしまう。
こうなったら、留学の経験を生かして、何と言っても日本の中心地東京に飛んで、応急手当をしなければ。
幸い、ロサンゼルスでタンゴを習った。ネットの検索で東京のミロンガ(タンゴのパーティ)を調べた。
今や、世界中、どこに行ってもミロンガが開かれている。見知らぬ土地で、男性に接触するには最高の場所だ。
院長に一週間の休暇を貰って、東京に向かった。