底辺からの出発-4
自宅まで差し押さえられた俺が、大学になんて到底通えるはずもなく、キャンパスライフの夢はあっさり断たれた。
母は、この事態を予測していたのか、とうの昔に勝手に離婚届けを出していて、どこかの男ととんずらこいた。
あのババアが不倫に狂っていたクズなのは知っていたけど、まさか我が子を捨てる程のクズだったのは、さすがにキツかったがな。
倒産、離婚のダブルパンチを食らわされた親父は、最後の気力を振り絞って、俺に「父さん頑張るからな」と、笑顔を見せてくれた。
弱々しい笑顔だったけど、親父が最後の拠り所の俺には、奴にすがるしか出来なかった。
しかしそんな、最後の拠り所はまるで蜘蛛の糸のようにあっさり切れてしまう。
頑張ると決意した親父の背後から、何やらキナ臭そうな男らが肩を叩き、不穏な笑みで親父をどこかへ連れて行ってしまったのだ。
そんな親父は、今でも行方がわからない。
残された俺は、どうすればいいのだろう?
無一文で、働いた経験も何もないガキが、手を差し伸べてくれる大人もいない状況で、この世をどうやって渡り歩けばいいんだろう。
ばあちゃんが死んだ時も、初めて出来た彼女に振られた時も、母の不倫を知った時も、そして住まいを差し押さえられたあの時でさえも、決して泣くことのなかった俺が、本当に一人ぼっちになったんだと知ったあの時初めて、人目も憚らずワンワン泣いた。
もう入ることの出来ない、自慢の大きな家の前で、突っ伏したアスファルトは氷の冷たくて、まるでこれが世界の全てのようだった。
そんな俺の目の前に一台のセダンが停まった。
フルスモークのピカピカな黒塗りのレクサスLS。
そこから降りてきた男は、オールバックで、スーツをビシッと着こなしてはいるものの、眼鏡の奥の鋭い眼差しは、どう見てもカタギには見えなかった。
低い声でただ「乗れ」と言う奴に、逆らう気力すら無かった当時の俺。
知らない人についていっちゃいけないって、幼稚園児でもわかっていることをわからないほどバカじゃない。
でも、無一文の俺を誘拐するメリットなんて無いだろうし、このまま一人ぼっちで野垂れ死ぬ方がよっぽど怖かった俺は、服にこびりついた砂を払うこともしないままに、本革張りのリアシートに縺れるように乗り込んだ。