『痴漢ごっこ』の記憶-2
ベンチに座って買って来たものを食べながら、とりとめもない会話を続ける。
内容は学校のことや、子供の頃の話。
桃子はあまり自分のことを言いたくないので、ほとんど聞き役に徹することにしていた。
彼の話を聞けば聞くほど、ユウは両親に本当に大切に育てられたお坊ちゃんだということがよくわかる。
成績にはうるさく言われたらしいが、欲しいものは何でも与えられ、家族や親戚中から愛された子供時代。
間違いなく、桃子とは違う世界の住人だ。
心に少々コンプレックスや傷があっても、彼の中にはゆるぎない優しさや思いやりのようなものがきちんと育まれている。
桃子には同じ頃、愛された覚えもなければまともな洋服一枚買ってもらえなかった記憶もない。
着せられていたのは、親戚からの色あせたおさがりばかり。
おかげで、いまだにシャツを一枚買うのにもおかしな罪悪感がつきまとう。
だからクローゼットには、上着やワンピースを合わせても十枚足らずの服しか入っていない。
「……ごめん、退屈だった?」
ユウが話を止めて、不安そうに桃子の顔をのぞきこんでくる。
出会ったころから、こうしてときおり表情をうかがおうとする癖は直らない。
「ううん、ユウの話を聞くの好きだよ。なんていうか……おとぎ話みたいで」
「どこが? 普通の話だと思うけど」
「ユウにとってはそうかもしれないけど、わたしには違うの。いいから、続けて」
「そう言われてもなあ……たまには、僕も桃子の話が聞きたいな」
どんなことでもいいから知りたい。
ずっと昔のことでも、学校のことでもなんでもいいんだ。
桃子のことがもっと知りたい。
他意のないユウの言葉。
真っ直ぐな瞳。
それが桃子の心を波立たせる。
あんたみたいに、楽しく話せる過去なんてないのよ。
そう怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られた。
体の中で黒いどろどろした正体不明のものが蠢く。
普段は可愛らしく見えるユウの顔が、急に憎らしくなってくる。
どうしようもなくイライラして、傷つけてやりたくなってしまう。
唐突に湧き上がってくる怒りを堪え、笑って見せる。
口の端が嫌な感じに歪んだ、不自然な笑み。
ユウが怪訝な表情に変わった。
「桃子? 僕、なにか悪いこと言った?」
「そんなことないよ、全然。ねえ、本当になんでもいいから聞きたいんだよね?」
「う、うん。桃子のことなら、なんでも」
「じゃあ、面白い遊びをしたときの話をしてあげる」
「面白い遊び……?」
「あのね、美山くんとした『痴漢ごっこ』の話」
ユウが口をポカンと開けたまま固まってしまう。
それにかまわず、桃子は淡々と話し始めた。