嫉妬と欲望の夜-3
中学高校は、全国的に有名な私立の進学校に通っていたらしい。
親戚はほとんど全員が官僚だとか大病院を経営する医者、もしくは大きな会社の経営者なのだそうだ。
子供の頃から優秀な従兄弟たちと比べられながら凄まじいプレッシャーをかけられ続け、それでも勉強は嫌いではなかったから言われるままに頑張ってきた。
周りも似たような子ばかりだったから、友達も少なくはなかった。
なかでも『親友』は優しく思いやり深く、残念ながら東大に合格はできなかったけれど地元の有名国立大学を卒業して充実した日々を過ごしているらしい。
ところが東大に合格したユウの方は、潰れてしまった。
大学でまわりを見渡してみると、自分以外はきちんと勉強以外のこともできる人間ばかりなのに愕然とした。
みんな将来の展望を持ち、それなりに生活を楽しみ、アルバイトもして青春を謳歌しているように見える。
自分には勉強以外に何もない。
僕はいったい何がやりたかったのだろう。
考えれば考えるほどわからなくなり、もう勉強する意味も見出せなくなった。
一年だけ学校には通ったものの、二年目からはアパートの部屋から出るのも嫌になった。
歩いて5分のコンビニに行く以外は、ほとんど外出することもなくなった。
部屋でぼんやりと本を読み、テレビを見て、たまにパソコンをいじるくらいの暮らし。
それが4年続いた。
両親は現状を知ってか知らずか、何も言わないらしい。
ただ仕送りだけは毎月30万きっちりと振り込まれている。
生きているのか死んでいるのかわからないような生活の中、なんとなくネットの中で見つけた出会い系サイトでメールの交換をしてみた。
何度かやり取りしたらあっさりと電話番号を教えてくれて、勇気を出して電話してみたらすごく楽しかった。
その相手が、桃子だ。
「ふうん。でも、その流れでいくとユウのほうが親友クンより賢かったんでしょ? 少なくとも学力的には。じゃあ、別に辛くなくない?」
「辛いよ、あいつと話すたびに自分だけ置いていかれているような感じがする。みんなどんどん大人になっていくのに」
「じゃあ、学校に戻ればいいじゃない。まだ間に合うでしょ? ちょっとくらい留年したって卒業するだけであんたの学校だったら凄い肩書きになるよ」
「うん、わかってる」
ぷちんと会話が途切れる。
しんとした妙な空気が漂う。
あれ、悪いこと言っちゃったかな。
ていうか、なんで気を遣ってやらないといけないんだろう。
ああもう、ほんと面倒な男。
「で、買ってきたご飯は食べた?」
「……欲しくない」
「ちゃんと食べて。どうせ、今日はまだ何にも食べてないんでしょ?」
気が向かないと、丸1日何も食べないこともあるらしい。
テーブルの上には置きっぱなしのからあげ弁当。
手を伸ばして袋を引き寄せ、プラスチックのフタをとってやる。
冷めたパックから、脂っこい匂いがした。
「食べて。それ以上痩せちゃったら病気になるよ! わたし、あんまりヒョロヒョロしてる子って好きじゃないし」
そっと体を離し、弁当を手渡す。
箸を持たせてみると、嫌そうにではありながらもモソモソと食べ始めた。
拒食気味のペットにエサをあげている感覚。
とりあえず食べてくれるとホッとする。
あれ? なんだか寒い。
バスタオルしか身につけていなかったことを思い出す。
洗面所に戻ろうとしたとき、ユウがほとんど同時に立ちあがった。
不審げな顔で首元に触れてくる。
「なによ、びっくりするじゃない」
「桃子……その痣、どうしたの?」