スー-1
「その子を売るのかい?」
酒井は嫌がって泣き喚いている娘の手を乱暴に引く男に声をかけた。
「俺の娘だ、勝手だろう?」
睨み付けて声を荒げる男に酒井はまあまあと掌を下に向けて腕を振ってみせる。
「売春宿に売るつもりなんだろう?」
「余計な口出しはしないで欲しいね」
「いくらになる?」
男の目から威圧感が消える、金の匂いを嗅ぎつけたのだ。
「アメリカの金で1000ドルだ・・・」
1000ドル・・・日本円にしたら10万ちょっと、しかし南アジアでも特に経済がふるわないこの国では末端労働者の数年分の年収に相当する、貧困がはびこるこの国では娘をその程度の金で売り飛ばす事はそう珍しくない、しかし、それを非人道的だなどと言うのは豊かな国で暮らす者の感覚、その金がなければ家族が餓死しかねない、親にしてみても苦渋の選択である場合が多い。
「俺が1000ドル出してやろうと言ったら?売春宿になんか売りたくはないよな」
「・・・どういうことだ?」
「まあ、座れよ、落ち着いて話そうじゃないか」
男は素直に座り、泣き喚いていた少女も少し落ち着きを取り戻して男の隣に座った、まだ時折ひっくひっくとひきつけてはいたが・・・。
「俺は酒井、日本人だ、芸能プロをやってる、娘さんは可愛らしいな」
「そうか?」
「幾つになる?」
「10歳だが?・・・」
「日本じゃ今、少女ヌードがちょっとしたブームでね、かなり金になるんだ、ところが日本じゃそのモデルを探すのが難しくなって来ててね」
「そうなのか?」
80年代の初頭、とあるカメラマンが東南アジアで見出した少女のヌードが注目を浴び、ブームが到来していた。
それ以前にも少女ヌード写真集は存在していたのだが、それらは芸術性を重視したものであり、それ故にヘアのない性器の露出も大目に見られていた、それゆえ少女ヌードは黒塗りやぼかしが入らないと言うアドバンテージを得て、需要を伸ばしていたのだ。
無論、少女ヌードの魅力はその一点のみにあるわけではないのだが、それを目当てに購入する層がある以上、表現は過激になって行く、それにつれて日本人少女のモデル探しは難しくなって来ていたのだ。
「つまり、娘にヌードモデルになれと?」
「そういうことだ、今までどおり家族と一緒に暮らしていて構わない、二〜三ヶ月に一回くらいカメラマンがこっちに来るか、どこかヘロケに連れて行くからその時にモデルを務めてくれればいいんだ、一回の撮影で2〜3日はかかるがね、その都度ギャラも出すよ、500でどうだ?」
「アメリカドルでか?」
「ああ、そうだ、悪い話じゃないだろう?」
「・・・ああ・・・助かるよ・・・」
「ただし、お嬢ちゃんもしっかり聞いておいて欲しいんだが、撮影の時はカメラマンの言いなりになってもらわなくちゃいけない、アソコだってバッチリ写して、それが日本で写真集として売られることになるが、それは承知しておいてくれよな」
「ああ、わかった」
「父親だけ承諾してもな・・・お嬢ちゃんに聞いてるんだ」
「・・・売られるよりずっといい・・・」
「よし、だが契約する前に裸を見せてもらわなくちゃいけない、日本に帰って写真集の打ち合わせの材料に写真も必要だ、いいかな?」
「娘の裸が気に入らなかったら?」
「契約は出来ないし1000ドルも出せない、だが、ほら、10ドル前渡しするよ、これだけでも損にはならないだろう?」
「ああ、充分だ・・・どこで写真を撮る?」
「俺が泊まっているホテルがいいだろう、娘がヌード写真を撮られるところを見るのが嫌でなければ親父さんも同席して構わないよ、本当に写真を撮るだけだからな」
酒井は芸能プロダクションを経営している、と言っても零細でTVや映画に出るようなタレントを抱えてはいない。
大学を出ると大手の芸能プロダクションに就職した、しかし、生来野心家だった彼はしばしば自らの判断で勝手な行動を起し、上司とぶつかった。
その結果、東南アジア方面のスカウトを申し付けられたのだが、東南アジアは彼の性格にしっくりと合い、現地で広い人脈を持つようになって、それを頼りに独立したのだ。
大手プロダクションにいた頃も、スカウトしたタレントがTVや映画に出るようになるのは稀だったが、独立してみると大きな看板を背負っていないだけ余計に厳しかった。
しかし、広い人脈を持つ彼は余人では出来ない仕事をこなすことが出来た、少女ヌードモデル探しも彼にしか出来ない仕事、広く知られることはないがその道では第一人者だ。
今回も当てもなく渡航してきたわけではないのだが、こちらの仲介役が紹介してきた娘はどれも気に入らなかった、日本とは少々美少女の基準がずれるのだ。
そう言うことは珍しくはないが手ぶらで帰るのも面白くない、ビザが切れる寸前まで今回もこうして粘ることにしたのだ、あまり効率の良い方法とは言えないが・・・。