殻を破る-6
すると何故か一度深く溜息をついた鉄夫。少ししんみりとした口調で話を続けた。
「海斗も始めは釣りなんてしたくなかったんだろう。楽しそうにしてはいたがどうやら違うみたいでな。」
「え?どう言う事ですか?」
「ワシが息子を好いていないのは海斗も気づいていただろう。ワシの態度はあからさまだったからな。このままではワシらと息子夫婦が疎遠になってしまう、そう考えた海斗はきっと家族の絆を繋ぎ止めようとしてくれたんだろう。海斗がワシと出掛けたりしてれば迎えに来る事もあるし一緒に出掛ける用事もある。海斗は自分を押し殺してワシら大人の関係を繋ぎ止めようとしてくれてたんじゃろ。ま、そのうち本当に釣りにはまってしまったがな。あいつはちいさい頃からそういう事が出来る子だったんじゃ。ワシにしてみれば最愛の孫じゃ。息子よりも可愛くて仕方ない。海斗までいなくならなくて本当に良かったと思ってる。」
海斗の話に感動しながらもよほど息子夫婦を嫌っていたんだな、そう思った。そこへ由紀恵が口を挟んだ。
「でもね、この人、息子夫婦が亡くなった時ね、人前では表情崩さず平然としてたけど、誰もいなくなってから霊体の前でねずっと泣いてたのよ?」
「えっ?」
意外な暴露に驚いた瀬奈。
「み、見てたのか!?」
鉄夫にとっても初耳だったみたいだ。取り乱して顔を真っ赤にして恥ずかしい様子だった。
「くそ。まさか見てたとはな…。」
「この話は棺桶の中まで持って行こうと思ってたんだけどね。でも嬉しかったわ?あんなに嫌っていたのにね。」
鉄夫は照れ隠しで怒り出す事がかっこ悪いと思えた為、観念したかのように言葉を並べた。
「どんなに嫌ってても、実の息子だ。あの女もいけすかねーが、でもワシらに色々と気を使っていた。あの女も海斗と同じでワシらとの関係を繋ぎ止めようと頑張ってたのは認めてはいたんだ。くそ…、そろそろ許してやろうとしてた矢先だったんだ。それが悔しくてな。振り返れば奴らには辛くも当たりすぎたし悪かったと思ってる。」
悲しげに話す鉄夫に胸を打たれる瀬奈。
「だから謝る前に死ぬなんておまえらはバカヤローだと叱ってやったんだよ。」
そう言った瞬間、鉄夫は長年胸につかえていた何かが消えたような気がした。息子に抱いていた愛情を誰かに知ってもらい、鉄夫はようやく素直になれた。由紀恵も瀬奈も涙ぐんでいた。
「変人でも親は親だ。息子が死んで喜ぶ親なんてこの世にいない。そう言う事だな。」
鉄夫の目からも一粒だけ涙がこぼれた。しばらく会話が途切れたが、何故か幸せな空気に満たされていた。
「色々あるかも知れないが、瀬奈ちゃんの親だってきっと同じだ。今頃心配してるだろうし、もしもの事を考えて悲しんでる事もだと思う。瀬奈ちゃんは嫌われてはいない。愛されてるんだ。それは信じてあげなさい。」
「はい…。」
瀬奈は素直に頷けた。向こうの環境が嫌で嫌で仕方がなかったが、鉄夫の話を聞き、少しずつ気持ちが変わっていく瀬奈であった。瀬奈にとって鉄夫と由紀恵とデルピエロに会いに来る時間が物凄く重要なものになっていくのであった。