殻を破る-4
鉄夫は照れ臭そうに涙を手で豪快に拭って鼻を啜りながら言った。
「ワシらは瀬奈ちゃんの味方だ!これからここに遊びにくればいい。孫が増えたみたいでワシらも楽しい。毎日だって来てくれてもいいぞ!?」
「ありがとうございます…。」
まだ出会って間もないのに瀬奈は鉄夫と由紀恵の事をもう信じる事が出来た。それは海斗から伝わる何かと相通ずるものを感じたからなのかも知れない。滲み出る優しさに瀬奈は安心感を得る。
「人って、こんなに優しいものなんですね…。こっちに来て本当によかった。死ななくて本当によかった…。」
死ななくてよかった…、それは海斗にとってはどんな苦労も全て報われる言葉であった。病気に苦しむ瀬奈を見て、もしかしたら助けなかった方がよかったのではないかと悩んだ時もあった。しかし瀬奈の口から出たその言葉に海斗は嬉しかったというよりはホッと胸を撫でおろした。このままこんな話を続けられては海斗も柄にもなくジーンとしてしまいそうなので話題を変えた。
「しかしデルピエロが初めて会う相手に吠えないのは珍しいな…。」
デルピエロは警戒心の非常に強い犬だ。見知らぬ人間には決して懐かない。そんなデルピエロが瀬奈の様子を伺う素振りをしながらも決して吠えないでいる事を不思議に思った。
「デルピエロ♪」
瀬奈が手を広げてデルピエロを呼ぶと待ってましたと言わんばかりにスクッと立ち上がり尻尾を振り寄って行った。瀬奈が頭を撫でようとすると耳を下げ体を寄せてきた。
「可愛い〜♪」
頭を撫でる手の匂いを嗅ぐと喜びを表すデルピエロ。すぐさま懐いてしまった。
「へ〜、珍しいな…。犬は匂いで分かるのかな?いい人間と悪い人間が。」
鉄夫が感動したかのように言った。
「もしかして臭せぇんじゃねーか?犬は臭い匂い大好きだからな!」
「酷〜い!臭くないもん!ね〜、デルピエロ♪」
デルピエロは尻尾を激しく振りながら元気にワンと吠えた。そんな瀬奈を温かい目で見守る鉄夫と由紀恵。まるで本当の孫を見るような目だ。もうすっかり家族の一員として瀬奈を見ているようだった。
「デルピエロも喜んでる事だし、会いに来てくれると嬉しいだろうよ。いつでも遊びに来なさい。毎日でもね。」
「はい!ありがとうございます。」
瀬奈も一発で鉄夫と由紀恵が大好きになった。不思議な感覚だ。自分が初対面の人間をこんなにすぐ心を許せた事が信じられなかった。同時に、本当に自分は環境が変わればこんなに穏やかな気持ちで毎日が過ごせる普通の人間なんだという自信がついた。海斗といれば自分は幸せになれる…、そう確信できた。
「私、お二方にお世話になりたいです。私を助けて下さい…。宜しくお願いします。」
頭を下げる瀬奈に鉄夫と由紀恵は瀬奈が切なく思えてならなかった。
「ワン!」
まるで言葉に詰まるニ人の代わりに答えるかのように吠えたデルピエロ。
「デルピエロが代わりに答えてくれたな!」
4人は笑顔を浮かべながらデルピエロを見つめていた。
それから話題は海斗が小さい頃からの話で盛り上がった。話を聞けば聞く程、やはり変わっていた。瀬奈は笑いすぎてお腹が痛くなる程笑った。それはまるで今まで笑えなかった苦しみを解き放つかのように心から笑っているようであった。笑うと今までの苦しみを全て忘れられるような気がした。これを機に瀬奈の笑顔は格段に増えて行った。
「じゃ、そろそろ行くかな…。」
時間が経つのは早かった。もう夕方になっていた。瀬奈は名残惜しそうな様子だ。それを察した海斗は言う。
「瀬奈、また明日来いよ。明後日も、その次の日も。」
瀬奈はニッコリと笑って頷いた。これからも二人デルピエロに毎日会えると思うと胸が温まる。明日の事を考えるのが苦しかった今までの人生から抜け出せた自分に気付く。明日を楽しみに思える気分が嬉しくて仕方なかった。
「じゃあまた明日お邪魔します。」
「ああ、楽しみに待ってるよ。」
鉄夫と由紀恵は温かい笑顔で言った。
「クゥン…クゥン…」
デルピエロは寂しそうに鼻を鳴らしていた。そんなデルピエロが愛しくて仕方ない。胸がキュンとする。瀬奈はしゃがみデルピエロを抱きしめる。
「デルちゃん、また明日ね!」
何回も体を擦り立ち上がって帰って行く瀬奈の姿をデルピエロはずっと見つめていた。