〜花蘇芳〜-6
「社長室の池永です。社長より十分後においでいただきたいとのことですが、ご都合はいかがでしょうか」
「わかりました。すぐうかがうと伝えてください」
社長室のある最上階エレベーター口で、声の主は待っていてくれた。
直接の面識はないが社内でも評判の才媛だった。
私は少しでも余分な緊張をやわらげようと話しかけていた。
「用件はなにか聞いていますか」
「おいでいただいてからお話するとのことです」
木で鼻をくくるような返答に私は気後れした。部下にはいないタイプの人種だった。
来意を告げると中から返事があった。彼女に招き入れられ、私は部屋に入った。
兄が執務机についたまま、顔を上げた。
目で来客用のソファを促すと、出て行こうとした秘書を引きとめる。
「飲み物はいいから、しばらく誰も近づかないよう言ってくれ」
私の背後で彼女が頭を下げた。
ドアが閉まると兄が膝を進めてきた。
目の前に一枚のファイルが差し出される。
そこには若い女性の顔写真と簡単なプロフィールが書かれていた。
「兄貴、これは?」
「親父の相手だ。なかなかのもんだろ」
兄は二人きりになった途端、表情を和らげた。目には悪戯っぽい光さえある。
私はそんな彼のテンションについていけず、とまどった。
「一度会って来てほしいんだ。まあ面接みたいなものだな」
「会うって……俺がか……」
私はあからさまに迷惑そうな顔をしたらしい。兄は取り入るようにたたみかけてきた。
「頼むよ。他に任せられないだろ」
「けど……」
結局は無駄な抵抗だった。なだめすかされ嫌々ながら大任を仰せつかることになった。
兄は安心したのか軽口をたたいた。
「彼女、亡くなった白石常務の血縁でな……」
「白石って……ああ、あの」
「先方から是非にという話だ」
何が愉快なのか、兄はしきりに笑った。
「親父の前に一度試して構わんぞ。役得だ、役得」
「よしてくれよ」
写真の女が艶然と微笑んでいた。