(4)-1
真奈美は九時近くになってやってきた。半ば諦めていたところだった。
二日間真奈美の体に刺激されてペニスは叫び続けていた。
(美菜のところに行こうか……あいつだってきっと疼いている……)
作晩、真奈美が帰ると言った時も引き留めもせず瀬野に目配せを送ってきた。
『よかった……』
二人きりになれる。目がそう言っていた。
その直後に瀬野が実家に用事があると聞いて、落胆の色は隠せなかった。
(今夜あたり、オナニーをするつもりかもしれない……)
そう思っていた矢先、ブザーが鳴ったのだった。突っついたような短い音が途切れた。
ぎこちない照れ笑いを浮かべながら入ってきた真奈美は玄関に目をやった。
「美菜ちゃん……来ないかな……」
「来ないよ。一人で来ることはないから」
「そう。……お酒買ってきた」
テーブルに袋を置いて椅子の背に凭れて息をついた。
「疲れてるみたいだね。今日はどこに行ったの?」
「どこにも……」
「どこにもって……」
「この辺、ずっとぶらぶらしてた」
「ずっと?まさか」
「ほんとだよ。この町、詳しくなった」
真奈美は袋から酒を取り出した。
「日本酒、きらい?」
「いや、ふだんはあまり飲まないけど」
「今夜はこれでいこう。瀬野さん」
笑ってはいたがどこか気の抜けたような笑みだった。
「ごはんは食べたの?」
「うん、コンビニで」
「お風呂沸かしてあるんだ。入ってきなよ。それからゆっくり飲もう」
さりげなく言ったつもりだが、男の部屋で風呂に入るということが何を意味するか、真奈美にもむろんわかっていただろう。
かすかな目の動きに一瞬の迷いをみせたものの、素直に頷いた。気持ちの揺らめきはあるのだろうが、ここへ来たのだから意思を固めているはずだ。……
彼女の後姿は街ですれ違った見知らぬ女のように見えた。
布団を一つだけ敷いたのは美菜に対する後ろめたさでもあったし、防御でもあった。においなど違和感を生むおそれのあるものは残したくなかった。
(二人は肌を合わせている)
敏感に嗅ぎ取るかもしれない。
真奈美は新しいパジャマを着て出てきた。
「今日、買ったの」
それは女物だった。
「可愛いね」
恥ずかしそうに口元を緩め、すぐ、我に返ったように真顔になった。
「横になってていいよ」
瀬野は奥の部屋を顎でさして、
「俺も入ってくる……」
含めるように言って反応を待った。
真奈美は横顔に硬い頬を見せていた。
気持ちが昂ぶって時間を費やす余裕はなかった。
真奈美は布団に入っているか。起きているか、酒を飲んでいるかもしれない……。だが、状況がどうであろうと、
(抱く……)
ここまで来て騒ぐことはしないと思うが、抵抗したら多少強引にでも……。
湯の中で求めて吼える一物は痛みさえ伴って突き上がっている。治まる気配はなかった。
脱衣所からダイニングキッチンが見える。真奈美は見えない。瀬野は硬直した肉棒を見下ろし、そのままの恰好で部屋を覗いた。
灯りを消してある。真奈美は布団に入っていた。
(気持ちを決めている……)
瀬野は全裸のまま部屋に入ると電気を点けた。
「点けないで。暗いままにして」
潜めた声だったが底に響くものを感じた。だが、瀬野は灯りの下、布団にくるまった真奈美に被さっていった。
「消して」
布団を剥ぎ、身が固まった。全裸だったのである。いや、実際はパンツだけ穿いていたのだが、瞬間、目に映じた印象は全裸に見えた。ぴったり秘部を被った小さなパンティであった。
「消して……」
再度吐息混じりに言った真奈美は下半身をよじって尻を向ける格好になった。男を装った言葉ではなかった。女の喘ぎが混じっていた。
横向きの腰を力づくで正面にすると真奈美に跨って腕を抑えつけた。白い乳房は灯りを受けて眩しいばかりである。
「こんなきれいな体なんだ。見せてくれ」
「そうじゃない。……男だ……」
「まだそんなこと言ってるのか」
瀬野は膝立ちになって血管の浮き出たペニスを真奈美にさらした。さらににじり寄り、
「こうなっってるんだ。女だからこうなったんだ」
真奈美の手を取って昂奮を握らせた。ためらう掌にわずかに力がこもった。
「わかるだろう」
真奈美の目は宙をさまようように焦点がない。
「真奈美ちゃん」
瀬野は真奈美の頬を両手で包んだ。
「気持ちが変わると思うよ……」
瀬野を見つめる瞳に悲しそうな影が浮かんだ気がした。
「変わる?」
真奈美はペニスから手を離し、観念したようにゆっくり腕を上に上げた。
「見て……」
あらわになった脇には漆黒の毛があった。量は少ないが今時脇毛を処理していない女は珍しい。
(自分は男だからということか……)
だが、真奈美が『見て……』といったのはそれではなかった。
「脱ぐ……」
真奈美が下着に手をかけたので、瀬野は彼女から体を離した。
現われた秘部……。思わず身を引いていた……かもしれない。少なくとも、すぐに言葉が出なかった。……
(これは……)
瀬野の頭になだれ落ちるように何かが詰め込まれて重くなった。