(3)-2
何度もジーパンを脱がそうかと欲求にかられたが、瀬野はそこには手をかけなかった。抑制が働いたというより胸を衝かれたといったほうがいいだろうか。
ささやかな乳房を含んで弄ううち、真奈美はほどなく上体を反り上げ、歯を食いしばって呻いた。瀬野の唇を拒絶するでもない。むしろ愛撫を受け止めている。歪んだ形相は鬼神を思わせた。
明らかな歓喜、それも凄まじい快感に揉まれている。それを堪えて、跳ね返そうとしている。瀬野にはそう思えた。そんな中、真奈美の目尻から涙が流れたのである。それも滴ではない。滂沱の様相であった。
『苦しい……』
言葉には出さないがそう口走っているようだった。
(なぜ?……)
息を呑みかけて、彼女の線の細い肉体の美に溺れてしまった。それに、なにより、
(感じている)
その確信が気持ちを萎えさせなかった。
乳房を味わい、脇から腹部、背中にも舌と唇で欲情を印刻した。
「ううう!」
呻きは極限を訴えるように響いた。
「もう……許して……」
「素敵だ、素敵だよ」
「いやだ、許して」
真奈美の切れ切れの声は瀬野の愛撫に時に途切れ、今にも快楽に没入するかのようなうねりを見せ、ふたたび耐え忍ぶ表情になった。
携帯の着信が鳴って、二人は弾かれたように離れた。
美菜からだった。早めに帰るからうちで飲み直すというメールだった。真奈美が来ていることへの配慮のようだった。
早く帰るといっても小一時間はかかるが、このまま真奈美を愛撫する気にはなれなかった。
瀬野が離れると、真奈美は気だるそうに起き上がってふっと息をついて涙を拭いた。
「ワイン買ってくる。少ししか残ってないから」
瀬野が立ち上がって言うと、
「うん……」
玄関で靴を履いていると真奈美が言った。
「明日、帰ります」
真奈美はキッチンに移りながら、
「就職先、探さないと……」
「そう。でもせっかく来たんだから、もう少しゆっくりしていったら?」
皿に天ぷらを盛りつけ始めて言葉が途切れた。
「何だか、自分を見失いそうで……」
意外なほどにっこり笑って言った。
「俺が変なことしたから?」
「ふふ……し過ぎました……」
弛んだ笑顔に少しの空間ができた。
「もっとしたら厭?」
「もう、いいです……言いましたよね」
笑って言った顔に目に見えない翳を感じた。
離れ難かった。
「俺、自分のマンションがあるんだ」
言ったのは一縷の望みであった。
真奈美に笑顔が消え、間が空いた。
「ここに住んでるんじゃないの?一緒に」
「住んでるけど、行ったり来たりしてるんだ」
瀬野は美菜との生活パターンをかいつまんで話した。
「ふーん、いいね。雰囲気変わって。同棲にしては瀬野さんの服が少ないと思った」
真奈美は無関心に言ったが、表情に惑いが過ったように見えた。
「明日、夜、来ないか?」
思い切った言葉だったが真奈美は即座に言葉を返してきた。
「美菜に内緒でってこと?」
当然、そうだ。
真奈美は瀬野を見つめる視線を外してから、
「美菜を抱いたことあるんだ。男としてだ。美菜、イッタんじゃないかな」
「聞いた」
「そう……。知ってるんだ。……嫉妬しないの?」
「真奈ちゃんもイッタの?」
「イッタよ」
「男として?」
「うん……」
「女の体で?」
「しょうがないじゃん。射精はしないけど、感覚は男としてってこと」
どういうことなのかわからない。真奈美も説明のしようがないのだろう。
「いいよ。それは別として、飲もうよ。二人で」
真奈美は目を伏せて考える様子を見せ、わずかに相好を崩した。
「考えておく……」
瀬野は真奈美の携帯番号を聞いた。
「住所知らせるから」
真奈美は考える様子をみせて、
「メモでいいよ……」
「わかった」
真奈美は瀬野の書いた紙片をポケットに無造作に押し込んだ。
「俺の携帯書いといたから迷ったら電話して。7時にはいるようにする」
「美菜ちゃんに何て言うの?」
「実家に用事ができたとか、適当に言うよ」
「行くかどうかわからないよ」
それには答えず瀬野は外に出た。
夜、美菜の寝息の中、瀬野は横向きになり、手を真奈美の胸に当てた。
「待ってる……」
囁いた。
返事はなかった。目は開いていて、薄暗がりの中でときおり瞬きするのがわかった。