G.-8
翌日、早起きして部屋の掃除をした後、14時過ぎに6階の個室を訪れた。
ノックをして入ると、ベッドに横たわっている陽向がうつろな目を丸くして「仕事じゃないの?」と言った。
どうも具合が悪そうだ。
何度も眠りかけては目を開く…を、繰り返している。
湊は「佐伯さんのご好意」とだけ言い、壁に立て掛けてあるパイプ椅子を広げてドサリと腰を下ろした。
「ご好意って…?」
ほっぺたを赤くした陽向が呟く。
「今度話す。今言っても頭に入んなそーだし」
陽向の伸びた前髪を耳にかけながら湊は言った。
「ひどい。…てかなんで今なの」
「は?」
ちょうどその時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「風間さーん」
白衣を身につけた看護師がスタスタと入ってきて湊に「こんにちわ」と笑顔を向ける。
「どーも」
「風間さん、はい。お薬。…起き上がれる?」
陽向は布団を剥いでのそのそと起き上がった。
看護師が薬袋を破り、陽向の小さな手のひらに乗せる。
陽向はヒーヒー言いながら2錠の薬を水で胃に流し込んだ。
「また後で熱測りにくるね」
「ハイ」
看護師は去り際にまた湊に笑顔を向け、「失礼しました」と、ゆっくりドアを閉めた。
「熱あんの?」
陽向はコクンと頷いた後、氷枕に頭を乗せて布団に潜り「だから、なんで今なのって言ったの」と、ぶっきらぼうに言った。
「せっかく来てくれたのに……ごめん」
「なんで謝んの?」
「こんなんだから」
「今熱どんくらいあんの?」
「40℃だって…。やんなっちゃうね」
陽向はヒヒッと笑ってみせたが、恐ろしく元気がない。
目がゆっくりと閉じていく。
肩で息をしている。
無理もないか。
40℃なんて経験したことがないから分からない…けど、相当辛いだろう。
「ごめん湊…」
「ん?」
「ちょっとだけ寝てもいい…?」
「ん」
しばらくして、スースーといつもの寝息が聞こえてくる。
右肩を下にして丸くなって眠るところもいつもと同じだ。
起こさないように、そっと髪を撫でる。
栗色の綺麗な髪。
きっと、しばらくシャンプーはしていないだろう。
だけど陽向の匂いを感じたくて鼻を近付ける。
…いつもと同じ匂いがする。
「陽向…」
俺はいつになったらお前のこと苦しめずに生かせてやれるのかな。
出勤は17時だった。
車で裏道を駆使すれば20分程の距離にあるここの病院に感謝する。
16時過ぎになり、陽向は目を覚ました。
「あ…もうこんな時間じゃん……。湊…湊っ!」
「…んぁ?」
うたた寝していた。
陽向にゆさゆさと身体を揺すぶられ、我に返る。
「仕事行かないと!」
自分に話し掛ける陽向はさっきより気分が良さそうだ。
「熱下がった?」
「さっき看護師さんが来た時は38℃だったよ」
「それでも高ぇーだろ」
「40℃よりはマシ」
「ははっ、確かに」
湊は笑って立ち上がり、伸びをした後陽向のおでこにキスをした。
「明日また来る」
「うん」
「今日より良くなってるといーな」
「うん。無理しないでね」
「無理なんかしてねーよ」
湊は陽向の頭を撫でて「退院したら美味いオムライス作ってやるから」と微笑んだ。
「楽しみ」
「ちゃんとメシ食えよ」
「頑張る」
手を振って陽向と別れを告げる。
…どうか、明日には熱が下がっていますように。