G.-5
「つーか、五十嵐湊はいつ来るわけ?」
「え…」
「お前の彼氏だろーが。連絡ぐらいしろよ」
「……」
「しないんなら俺からすんぞ」
「やだ…」
陽向が呟くと、瀬戸は「ほらよ」と陽向の携帯をバッグから取り出した。
メールしようとして、手が止まる。
「何してんだよ。早く連絡しろ」
「だって…湊……今仕事中だから…」
「はぁ?」
瀬戸が大声を出す。
「大事な奴が大変だって分かったら仕事ぐらい切り上げて来んだろ。…そーでもねー奴は大したことねー奴だよ」
「……」
「早く連絡しろ。電話でもなんでも」
迷惑をかけたくない。
その気持ちだけが邪魔をする。
「何考えてんの?」
瀬戸は真面目な顔をして言った。
「賭けてもいい。お前、絶対入院になるからな」
陽向は何も言えなかった。
自分もそんな気がしていたから。
「早く連絡しろよ」
何も言えずにいると、加納が戻ってきた。
「風間」
「……」
「これじゃあ仕事出来ないし、家にも帰す訳には行かないなぁ…」
先ほどの腰椎穿刺の結果が写し出された紙を渡される。
細胞数、855。
「髄膜炎だ。入院以外選択肢ない」
20時。
陽向は6階の個室で丸くなっていた。
5階だけはやめて下さいと言ったら爆笑された。
ドアをノックする音が聞こえる。
「陽向…」
息を切らして湊が入ってくる。
「悪い…遅くなって」
陽向は頭を振りながら布団に顔をうずめた。
「着替えとか色々持って来たから。…ココ、入れとくな」
ベッドの横にある扉を開けて、湊が色々な荷物を入れてくれる。
「また1ヶ月近く入院?」
「たぶん…」
ってか絶対。
喘息も発症しているから、尚更面倒臭い。
湊はパイプ椅子を広げると、陽向の頭元に座った。
「どーしたもんかね。厄年か?」
頭を撫で「それか俺が疫病神か」と笑う。
「湊が疫病神、あるかも」
「ちょー失礼」
2人でケラケラ笑っていると、再び個室のドアが開いた。
「風間!だいじょー……ぶ…そうだな」
湊を認識し、焦った瀬戸の顔が曇る。
「五十嵐、来たんだ」
「『入院になった』なんて連絡来たら来るっしょ」
「あー、そう」
しばらく上っ面な会話が続いた後、「明日仕事終わったら来る」と湊は言った。
「え…でも深夜でしょ?」
湊は「うん」と言った。
「深夜は無理だよ…」
「え?深夜無理なの?」
「湊仕事終わるの1時とかでしょ?そんな時間無理だって…」
「じゃあ仕事行く前行く」
「9時とか8時も無理」
「……」
「休みの時にして。あたしは…大丈夫だからさ……」
「でも…」
「先生が治してくれるから。元気になってからまた湊と会いたい」
「……そーだな。元気になるまで俺も頑張るから。ひなも頑張ってな」
湊は弱々しく笑った。
「これから店戻るから、そろそろ帰る。来週の木曜に来るから」
「うん」
陽向はニコッと笑って「車、気を付けてね」と湊に手を振った。
「…だいぶ焦って来た?」
湊が病室から出た後、瀬戸も出てきたようだ。
ニヤニヤしながらこちらに近寄って来る。
「焦るに決まってんだろ。入院とかまじありえねーし…それに熱出たら発作起こるの目に見えてんだよ。あいつの身体はそーなの。風邪引いたってだけでこっちは気が気じゃねーんだよ」
瀬戸と会ってから怒りのボルテージが急激に上がりすぎて、もはや敬語など使う余裕もない。
「ふーん」
「その返し何?つか、年下だからってバカにしてんの?つーかお前さ…」
湊は瀬戸を睨んだ。
「なに」
「陽向に手ぇ出すのやめろよ」
「は?」
「は?じゃねーよ。知ってんだよ。兄ちゃんから全部聞いてんの。お前が陽向にしたこと全部…」
湊が言うと、瀬戸は鼻で笑った。
「で、なに?」
「何考えてんの?見え見えなコトしちゃってさ。別れろって言いたいわけ?」
「そーしてくれんなら、有難いけど」
瀬戸は続けた。
「そんな安定しない職に就てんの?これからまた仕事戻るって」
「うっせーな。お前には関係ない」
「可哀想だと思わねぇ?ずっと側にいてやれないこの環境。有給とかないんだ?俺だったら毎日来るね。有給使ってでも」
自分の好きな仕事をして、好きな場所で一生懸命働いて、お金が貯まったら陽向と安定した暮らしをする。
陽向には苦労をかけないくらい稼いで、小さくてもいいから家を持ち、温かい家庭が欲しい。
大事な家族が増えていくその瞬間を待ち侘びたい。
そんな夢をいつからか思い描いていた。
そんなことを思わせてくれる人に出逢えた。
それを全て否定されたような気がして、頭が真っ白になる…。
湊は瀬戸の右頬を思い切り殴った。
右頬だけではない。
気付いたら馬乗りになって胸ぐらを掴み、至る所を思い切り殴っていた。