病名-10
何となく暗い様子で病院を後にした海斗についていく瀬奈。何か重大な事を勝弘に言われたのではないかと心配になる。
「ねぇ、どうしたの…?」
「ん?何でもないよ。」
下を向く海斗。肩が小刻みに震えている。しかし顔を覗き込むと、どうやら笑いを堪えているようであった。
「ククク…」
「えっ?」
笑っている意味が全く分からない。一体どうしたのかと心配になってしまった。するととうとう堪えられなくなった海斗が思い切り笑いながら大声で言った。
「ククク!アハハ!診察料、踏み倒してやったわ!!」
「えっ??」
そう言えば金を払っていない。来院した時の騒々しさから、帰る時の肩を落として俯き加減の姿に豹変した海斗に受付の看護婦は、お大事に、としか言えなかった。それに勝弘の知り合いだとの事で診察料はいらないのかなと思った看護婦はそのまま海斗を見送ってしまった。
「あ、あの野郎!金を踏み倒しやがったな!!」
気付いた勝弘はしてやられてしまい憤慨したのも後の祭りであった。
「今からでも払いに行こうよ…」
「あ?いいのいいの!いつも釣りで世話してやってるからこんぐらい平気さ。」
「で、でも…」
後ろめたい気持ちの瀬奈に、海斗はフッと真顔になり、そして言った。
「問題は今はいいけど、いつか旦那さんの元に帰った時に病気が治っているかいないかだってさ。」
「えっ?」
包み隠さない言葉にドキッとする瀬奈。
「きっと俺達はいつまでも一緒にはいられない。いつかは別れなきゃならない。少なくとも一度は旦那さんの元へ帰らなきゃならないのは分かるよね?」
「…うん。」
逃げていた問題にしっかりと向き合う瀬奈。そうだ、いつまでも逃げていられないんだ…、そう思った。
「その時にはもう俺は傍に居てやれない。だからあまり俺に頼りすぎるな。俺は瀬奈を一生懸命支える事は変わらないけど、ある意味俺を医者だと思って自立する事を忘れないで欲しい。俺が居なくても、もう病気治ったよ…、ってあっちに帰った時にメールで報告してくれる瀬奈を夢見て俺は瀬奈に協力するからな。いいな?」
「うん…。海斗、包み隠さず話してくれてありがとう。嬉しかった。」
「ああ。」
海斗の腕にしがみつき、顔をピタリと寄せて歩く瀬奈。しかし既に自分は新たな病気にかかりつつある事にも気付いていた。
(海斗と別れたくない…。海斗居なきゃダメ…。今のまま、ずっといたい…。)
瀬奈はずっと今のままいれたらいいのにな…、そう思っていたが、理想と現実の間で切ない気持ちを味わっていた。私は人妻…、海斗以外の男の妻…、その現実を直視すると一気に夢から醒めた気分になる。
(私は…私は…)
瀬奈は認めたくない現実に答えを出せないまま、海斗の腕にしがみつき頬に温もりを感じながら歩いていたのであった。