陥落の夜-2
早紀は熱いほうじ茶が入った湯呑みから口を離し、ほうっと息を吐いた。あらためて室内を見渡す。足の踏み場がなくて異臭がする部屋が、いまはシェルターに見えた。キモ豚に借りた黄ばんだシャツを着ているが、不快感よりも安心感のほうが強い。
キモ豚はすぐに車で迎えに来てくれた。車内で早紀は、ぽつぽつと自分の身に起こったことを話した。とりあえず尿まみれのからだを洗おう、とキモ豚は言って、早紀を自宅に連れてきたのだ。
「風呂、沸いたぞ。入れ」
キモ豚がリビングに顔を出して言った。
「……君嶋さんは?」
「お前に電話したあとすぐに帰した」
早紀は洗面所に行き、シャツを脱ぐ。お風呂場に入り、熱いシャワーを全身に浴びた。黄色い液体が流れ、渦を巻いて排水口へ流れていく。早紀は椅子に座り、シャンプーを手に取って髪を洗いはじめる。
がちゃ、とドアが開く音が背後で聞こえた。早紀はびくっと全身をこわばらせ、振り向く。全裸のキモ豚が入ってくる。
「いやっ――」
「怯えるな。洗ってやるだけだから」
そう言うと、キモ豚は早紀の髪にシャンプーをつけた指をくぐらせた。頭皮をマッサージするようにやわらかく洗う。
「ひでえことしやがる。加減ってもんを知らないな、あいつらは」
思いがけないやさしさに、早紀はふたたび涙をあふれさせた。
時間をかけてていねいに髪を洗ったキモ豚は、スポンジをボディソープで泡立てて、からだを洗った。胸や脇腹をスポンジで撫でられ、早紀は緊張したが、キモ豚はいやらしいものを感じさせないやさしい手つきで早紀の肌をこすっていく。
お風呂から上がると、キモ豚は卵おじやをつくってくれた。出汁のきいたあたたかいおじやは疲労困憊したからだによく浸みた。キモ豚に借りた大きすぎるバスローブを着た早紀は、それを夢中で食べた。
「もう遅いし今日は疲れただろうし、泊まっていけ。おれはソファで寝るから、布団で寝ていいぞ」
散らかった寝室のまんなかに敷かれた、長いことカバーを取り替えていないであろう染みだらけの布団に入る。さっきまで君嶋果穂が愛液を垂れ流していた布団だが、嫌悪感よりもぬくもりによる安堵のほうが勝った。
早紀は眼を瞑ると、あっというまに眠りに包まれた。
つめたくぬるっとしたものを、両脚のあいだに感じた。心地良いような、気持ち悪いような……。なんだろう……これ……。
早紀はゆっくり目蓋を持ち上げた。知らない天井が視界に入る。――ここ、どこ? そっか、あたし佐伯くんたちにひどいことされて、キモ豚に迎えに来てもらって……。眠ってから何時間経ったんだろう。それにしても、このぬるぬるはなに?