性少女・絵美-7
(6)
「淋しい……しばらく会えないのね……」
私の胸に抱かれて絵美は涙を浮かべて言った。
「夏休みには帰るし……」
「何ヶ月も先よ」
愛らしい潤んだ瞳に部屋の明かりが映っていた。何度もセックスに酔いしれたというのに少女の顔になっていた。
その夏、私は帰省しなかった。新しい女に夢中になったのである。細身で伸びやかな手足の絵美とは正反対の同級生だった。新たな女体を知ると、さらに触手が伸びていく。別の女と付き合い、絵美の存在はいつか霞んでいた。
(スタイルがいい方が魅力だ)
連れ立って歩くにも抱くにしても、脚を開けば股間が全開になって男を挟みつけてくる。
絵美からは下宿先に何通も手紙がきた。携帯電話などない時代である。
『勉強大変なの?帰ったら必ず来てね。待っています』
同じような内容ばかりだった。初めのうちは読んでいたが、そのうち煩わしくなって封も切らずに捨てるようになった。
思い出すことはあった。なにしろ初体験の女である。しかも、十五歳の中学生だった。だが、周りには私を虜にする女、面倒な手間もなく体を預ける女がたくさんいた。私は肉体を追い求めていた。
大学を卒業する頃には絵美からの手紙は来なくなっていた。
やがて東京で一人暮らしを始め、二年後にはある女と同棲するようになった。結婚を考えた相手であった。しかし、一度の浮ついた行いですべてを失った。よりによって女の親友と関係を持ったのである。しかも、二人の愛の巣で……。許されるはずはなかった。
瓦解した自分の道を振り返って、私が包まれた喪失感は、結婚相手を失った空虚さではなかった。自分自身の心に色がないと感じたのである。
色、とは、曖昧な感覚だったが、言葉に置き換えるなら、『誠実』あるいは『一途』といったものだったかもしれない。それは『愛』につながる色だったように思う。
風に運ばれるように一時周りに誰もいなくなった時、私は胸の痛みを抱えた日々を過ごした。
ノックが聴こえて私は慌てて記憶の映像を停止して扱いていた一物を隠した。
「寝てた?」
パジャマ姿の妻が顔を覗かせた。
「いや、ごろっとしてた」
「いい?入って」
私の個室であるが入室を禁止したことはない。
「すっごい、煙草の煙」
年々本数が増えて子供たちからも疎んじられていた。自室にこもる時間が多くなった理由の一つでもある。
妻はワインのボトルとグラスを二つ持っていた。
「たまには飲もうかなって……付き合ってくれる?」
「珍しいな……」
妻はベッドに腰かけてボトルをあけるとワインをグラスに注いだ。
「乾杯」
「何の日?誕生日でもないし……」
「別に、特にってわけじゃないけど……」
「小さいベッドね」
「安いやつだから」
パイプ枠の簡易な作りである。
「こんど、もっといいの買ったら?」
「いいよ。寝られればいいんだから」
「寝心地は?」
「固いよ」
妻は何を思ったか布団を捲ってベッドに横になった。
「布団、湿った感じね」
「臭いだろ?」
「そんなでもないけど。……こんど天気のいい日に干しておくわ」
(どうした風の吹き回しだろう……)
「あたし、仕事ばっかりしてたみたい……ごめんなさいね……」
ぽつんと言って弱々しい笑いを見せた。
「なんで、そんなこと……」
「前からちょっと思ってたの」
妻は起き上がってワインを口にすると少し体をずらして、
「ここに座らない?」
恥ずかしそうに言った。
「今夜、ここに寝ていい?」
突然のことに思わず苦笑いをしてすぐに言葉が出て来なかった。
「狭いよ」
「いいわよ。……いいの……」
言葉を切って、
「今日、五月三十一日。あたしの記念日なの」
「記念日?」
「ふふ……あなたと結ばれた日。憶えてる?」
「日にちまでは……」
「だから、今夜は一緒にここで……」
「絵美……」
(ということは、俺も……)
「あたしって、自分勝手だった……」
私は首を強く振った。言葉が出るまで間が必要だった。
「俺こそ……」
胸が熱くなって何も言えなくなった。
「抱いて……」
眩しそうに瞬いた瞳に少女の恥じらいが過った。