〜 尻字 〜-3
「22番! 自己紹介させていただきますっ。 みっともなく腰をつかうことをお許しくださいっ」
教えずとも口上を述べるあたり、小憎らしくもある。
「どうぞ」
「ハイ! 『まんこ』の『ま』の字はどぉ〜書くのぉ〜♪」
自分の声でリズムをとりながら、併せて腰を前後にヒクつかせる22番。 教室の緊張感と相反する間抜けな声色が中々いい。
「あ、こぉ〜書いて、こぉ〜書いて、こぉ〜書くのぉ〜♪」
うって変ってキレある動き。 左から右へ横一文字にピタリと止め、続けて左から右へ再度振り、
爪先だつことで高く尻をあげ、一気に踵につくまで尻を落とし、余勢をかって捩って止める。 体を大きくつかった『ま』だ。
「『まんこ』の『ん』の字はどぉ〜書くのぉ〜♪」
第4姿勢にすかさず戻る。 腰を縊れさせ、腰に当てた手で尻を持ち上げるような恰好。
ひとりきり尻をヒクヒクさせた後で、
「あ、こぉ〜書いて、こぉ〜書いて、こぉ〜書くのぉ〜♪」
右上から右下に、爪先だちから屈みきるまで一息に進め、やや持ち上げて、下げ流して止める。
止め跳ねともに中々の『ん』を宙に描く。
「『まんこ』の『こ』の字はどぉ〜書くのぉ〜♪」
すぐに姿勢をもどし、声だけでなく尻でも調子をとる。
「あ、こぉ〜書いて、こぉ〜書いて、こぉ〜書くのぉ〜♪」
横一文字を上下に分けて再現した、立派な『こ』だった。
なるほど。 素直に『まんこ』と表現したわけだ。
言葉自体の選択は安直で独創性もない。 しかし、私の少ない言葉の中から、これだけの動作を誰から教わることもなく実施した。 その理解力と行動力は非凡なものを感じさせる。 前から感じていた、22番の適応力への信頼が、私の中で否が応にも固まった瞬間だった。
ただし、これで終わりというわけにはいかない。
「やりなおし。 声が小さい」
「ハイ! お耳汚しを失礼します! 『まんこ』の『ま』の字はどぉ〜書くのぉ〜!」
声を一層張る22番。
正直いってさっきの動きだけをとっても、22番は私の期待を遥かに超えているわけだが、一度で合格を出すつもりはなかった。
「……こ〜かいて、こ〜かいて、こ〜かくの!」
再び尻字で『まんこ』を書き終わったところで、間髪入れずに、
「やりなおし。 アナルがみえていない」
「ハイ! 失礼します、オケツ広げます! 『まんこ』の『ま』の字は……」
第7姿勢に加え、五指を伸ばして尻たぶを掴む。 寄せられた肉の谷間には、こちらからは確認できないものの、灰色に隆起した肉の蕾が顔を覗かせていることだろう。
「……こ〜かいて、こ〜かいて、こ〜かくの!」
「字が小さい。 もっと大きく」
「ハイ! もっとはしたなく腰を振ります! 『まんこ』の『ま』の字は……」
「笑顔が足りない。 もう一回」
「ハイ! 私ごときさもしい便器に注目いただいて嬉しいです! 『まんこ』の『ま』の字は……」
「声がちいさくなった」
「ハイ! もっと頑張ります! 『まんこ』の『ま』の字は……」
「顔が全員に見えるように」
「ハイ! 私のあ、アへ顔をご笑覧ください! 『まんこ』の『ま』の字は……」
「アナルが見えなくなった」
「ハイ! ケツアナの中までご覧ください! 『まんこ』の『ま』の字は……」
声も十分だし、首を限界ギリギリまでひねった相当無理な姿勢でみんなを見ているし、尻肉もリ両手で持ちあげている。 動きも含め、22番の尻字には特に問題など存在ない。 それを承知で私は注文を付け続け、22番は汗だくになって応え続ける。
都合30回ほど尻字を繰り返しただろうか。
気丈な声と裏腹に、22番の大腿が小刻みに震えだした。 外見がバカっぽい一方、この尻字という運動は、かなりハードな体勢が続く。 そろそろ頃合いだろう。
結局最後まで22番が言葉に詰まったり、動きを躊躇ったり、声色に不遜な態度を滲ませることもなかった。 それが本心からなのか、理性なのかは知らないが、どちらにしても十分だ。
「よろしい。 席に戻りなさい」
「ハイッ、ありがとうございました、インチツすべてで感謝しますッ」
第7姿勢のまま大声で一礼し、静かに、しかしテキパキと教壇からおりる。 改めて私に立礼し、席にもどって黒棒に跨る。 何事もなかったように私をみつめる。 瞳には『達成感』や『疲労感』、あるいは『安心感』もない。 しいて言えば、集中した意思、だろうか。
淡々とした――まるで昔の私のような瞳だった。
「次。 26番」
21番でも23番でもない。 私は番号順で呼ぶような優しさは好きでない。
「ハ、ハイッ。 インチツの奥で理解しますッ」
22番とは違い、上擦った声の返事と共に席をたつ26番を眺めながら、どんな自己紹介が出てくるか予想する。 22番の尻字を真似る程度の脳味噌はありそうだ。 ならば26番は『まんこ』と同じように表現するか、違う表現をするかだろう。 3文字の平仮名なのだから、例えば『おまん』だとか『おそそ』がある。 或は『くさい』『きもい』といった形容詞路線もあろう。 個人的には、兎に角、他人とは違う表現をしてくれれば及第点をつけていいと思っている。
尻を振る連中は一生懸命だとしても、35人の尻字を間近で見るのは正直胃がもたれる。
しかし、これが担任の務めだ。 不恰好に教壇にのぼる26番に何度やり直しをさせるべきか。 トップバッターを務めた22番が30回なのだから、少なくともそれ以上はやらせよう。
「どうぞ」
「に、26番! 自己紹介させていただきますっ、みっともなくオケツを振ることをお許しくださいっ」
二人目の尻字が始まるのだった。