〜 逆流 〜-3
「あ、あの、私に、29番から出るものの……その、処理をさせて頂けませんでしょうか!」
「出るもの、処理って。 表現に気をつけて具体的におっしゃい」
「その、う、ウンチです。 ウンチ食べさせてください!」
「表現に気をつけなさい、と言いました」
「ハイ! インチツの奥で理解します!」
すう。 一呼吸おく。
「私、33番は、29番がだすクサくて不潔なウンチを呑みます! 私の胃がいっぱいになるまで汁ウンチむしゃむしゃ食べます! 私を便器にして、喉も胃もぜんぶウンチタンクにしてください!」
自分でも何をいっているか分からない中、自棄で叫んでいた。
カツカツ。
箝口具を29番につけようとしていた教官が、ヒールで床を鳴らしてやってくる。
『本当に構わないの?』『全部呑めるのね?』みたいに、確認されたらどうしよう。
正直自信はない。昔から気持ちが悪いものが怖かった。 虫が大嫌いだった。 蜘蛛は触れなかった。 ドアに隙間があるだけで、そこからゴキブリが入ってくる気がして、テープで密閉しないと気が済まない時期があった。 私がこれから口にいれようとしているモノの、気持ち悪さは虫の比ではない。 でも『大丈夫です。飲みます』と言わなくてはいけない。 というより『飲まないといけない』のだ。 零しでもしようものなら、私にも29番にもさらに試練が訪れる。 零さなくても、苦難があるかもしれない。 でも、零せば100%だ。
私の心配の1つ。 確認されたらどうしよう、は杞憂だった。
「口を開けて。 大きく」
「むい……ひゃい」
教官は、私の前に立つなり、すぐに箝口具を取りつけた。 ちょうど歯があたる位置に柔らかなゴムが張ってあり、歯科の開口具同様ピッタリ納まる。 口を横長に開いた体勢で固められ、歯科開口具と異なる点は、長いチューブが少女の背後に伸びている点だ。
慣れた手つきで箝口具のヘッドバンドを後頭部に回す。 ピチリ、すごい圧力で箝口具が皮膚に喰い込む。 これでは両手を使わないかぎり、万が一にも外れそうにない。
ドクン、ドクン、ドクン。
鼓動が高鳴る。 箝口具で少女の肛門と連結された自分に、急にリアリティーが湧く。
私はこれから、2L以上の汚物をひたすら飲み続ける便器になるのだ。
なんで立ち上がってしまったんだろう? なんで知らないフリができなかったんだろう?
猛烈な後悔。 飲み干せなかったら、息を詰まらせるのは自分なのに、つい少女を助ける自分に酔ってしまった。 ヒロイン気取りだとしたら、人のウンチを食べるヒロインなんて馬鹿げている。
私はギュっと目を閉じた。
「最初の一口、何も考えず飲み込みなさい。 何も考えなければ大丈夫」
私の耳元に囁く声。
「!?」
驚いて目を開けた。 教壇に戻る教官の背中。
今のは誰? 近くの子? まさかと思うが、教官が私にいったのだろうか?
一瞬だったけれど、なんというか、とても暖かい声色だった。 声に感情が籠っていた。
最初の一口とは、つまり最初の汚物のことか? 大丈夫って、それは何が大丈夫?
どうにか一口呑み込めれば、私は助かるとでもいうのだろうか??
考えがまとまる前に、教官がストッパーを操作する。
ボビュッ、ブバッ、ブシュウウウ!!
たちまち赤茶色の奔流がホースを駆けてくる。
「……っ」
大きく息を吸う。
もうどうにでもなればいい。 最初の一口、とにかく最初に一口を頬張って、何も考えずに呑み込んでみせる――!
ゴボッ、ビュルッ。
箝口具の中に迸る大中小の欠片と液体。
恐れていたような香りも、匂いも、食感も。 私には何も分からなかった。