ビデオと脅し-1
「桃井さん、お疲れさま」
生徒がいなくなった教室で、京佳先生は早紀の肩をぽんと叩いてにっこり笑いかけた。
「今日は緊張したでしょう? 来週もよろしくね」
来週……。今日だけでもう限界なのに、これが来週以降も続くんだ……。
早紀は早くもこころが折れるのを感じていた。
「つぎはちゃんと下も脱ぎましょうね。うちの生徒さんたち、温厚なひとばかりだけど、さすがにヌードモデルが脱がなかったら怒り出すでしょうね。授業料払い戻しになりかねないし、そうなったら私はクビだわ」
――やっぱりヌードモデルなんてやめよう。あたしには向いてない。こんなことできない。
「あの、京佳先生」
早紀は意を決して口を開いた。
「なあに? まさかやめたいって言うんじゃないわよね?」
続きを言う前に、京佳先生に先制されてしまった。
「はい……。やっぱりあたしには無理です」
「ふうん、単位はいいの? 有名大学なら一留しても就職先が見つかるだろうけど、うちの大学じゃあねえ。留年したらブラック企業しか行けないんじゃないかしら」
早紀は絶句してうつむく。
ブラック企業でこころとからだをすり減らして働くか、三か月だけ我慢して内定をもらった希望の会社で働くか――。早紀のなかで天秤が激しく揺れた。
「どうする? それでもやめるの?」
京佳先生に強く言い寄られ、早紀はクスンと鼻を鳴らした。
「来週も……来週もよろしくお願いします……」
敗北感に震えながら、早紀はこうべを垂れた。
「そうこなくっちゃ! 桃井さんのおま×こ、どんなかたちなのか見るのが愉しみだわ」
とんでもないことを無邪気に言われて、早紀はもう後戻りはできないのだと思い知った。
カルチャースクールのビルを出た早紀は、向かいのビルの一階にある海外チェーンのカフェに入った。
「ソイラテのショート、ください。ホットで」
会計を済ませ、笑顔が爽やかな店員からドリンクを受け取って席に座る。ようやくほっと息をついた。早紀は周囲を見渡す。テキストを広げて勉強している学生、タブレット端末を弄っているビジネスマン、文庫本のページを繰っている中年女性、談笑している女子高生グループ。
――日常に戻ってきたんだ、と早紀は実感した。さっきまでの地獄のような時間は、あまりにも現実感がなくて白昼夢だったかのように思えてくる。
あたたかいソイラテを啜って、ふう、と息を吐いたそのとき、
「よう」
という声とともに肩を叩かれた。