19章-3
「それからのあいつは、物事に異常な執着を見せるようになった。大学の時は勉強に、会社に入ってからは仕事に。そして、今は君に――」
鷹哉の瞳が美冬に注がれる。
「そういえば、君はあの子に少し似ている気がする」
「………っ」
(だから? だから鏡哉さん、私のことを――?)
鏡哉はその従妹に似ているから、自分の事を好きになったのか。
体から力が抜け、美冬はソファーに手をついた。
視界に心配そうな表情をした高柳が入る。
(………で、みないで。
その女性(ひと)に似ている私の顔を、見ないで――!)
美冬は両手で自分の顔を覆う。
「君に酷なことを言っていることは分かる。だがお互いのためにも、今の状況は良くないのは分かるだろう」
黙りこくる美冬に、鷹哉は一人話し続ける。
「鏡哉は今のことを知られたら、社会的信用をいっぺんに失う。君だってそうだ。君は考えたことがないのか?」
「………」
「高校にも行かせない鏡哉が、大学に本当に行かせてくれるのかって――」
「………っ」
美冬の顔を覆っていた掌がびくりと震える。
「二日待つ」
鷹哉の静かだが固い声が響く。
「後のことは高柳から聞いてくれ」
鷹哉はそう言うとソファーを立ち、部屋を出て行った。
数秒後、玄関の開閉する音が聞こえた。
美冬の腕を高柳が握ってくる。
「……いや」
美冬の掌の中からくぐもった声が零れる。
「いや、嫌――っ!!」
そう叫んだ美冬は、高柳の胸に抱きしめられていた。
背中に大きな掌が添えられ、慰めるように擦られる。
涙が掌から零れ落ち、高柳のスーツを濡らす。
美冬は涙が枯れるまでずっと微動だにしなかった。
泣きすぎて、頭が朦朧とする。
気が付かないうちに高柳にしがみついていた美冬は、ゆっくりと体を離す。
ジャケットの襟に皺が寄っていて申し訳ないと思うのだが、ぼうとして次の行動に移せない。
「美冬ちゃん、落ち着いて聞いて」
高柳が口を開く。
「社長は一週間後、取締役からアメリカ支社長への異動を言い渡される」
「……アメ、リカ?」
とぎれとぎれにそう呟いた美冬が、真っ赤な瞳を上げる。
「ああ。三年は日本から離れることなる、いや、業績が悪ければそれ以上かかるかも」
三年。
現実味を帯びない話に、美冬は頭の中でそう繰り返す。
「君のこれからは我が社が責任を持って面倒をみる。大学の入学金も授業料も、こちらで負担する」
「………」
(私の、これから――?)
「大学進学については、俺も取締役と同意見だ」
『高校にも行かせない鏡哉が、大学に本当に行かせてくれるのかって――』
「………」
黙り込む美冬の手に、A4サイズの封筒が握らせられる。
そこには高校の名前が書かれていた。
「鹿児島の私立高校だ。全寮制で、国立大進学率は九州一だ。君の叔父さん、鹿児島にいただろう?」
(鹿児島――)
叔父さんの家に、小さい頃行ったことが一度だけあった。
(アメリカと東京、アメリカと鹿児島……どちらも変わらない)
「………」
「二日間、よく考えて。いつでも電話かけてきてくれて、かまわないから……」
頭の上が温かく感じ視線を上げると、高柳がくしゃりと頭を撫でていた。
「………」
反応しない美冬を置いて、高柳は帰って行った。