運命の人〜白雪王子〜-2
「大丈夫じゃないよね。どうやらインフルみたいだから」
「インフルエンザ…?」
「今うどんゆでてるから、出来たらちゃんと食べて。」
俺の愛しい笑顔を絶やさず、彼女は会話をやってのけていた。紛れも無く、手に入れたかった笑顔。
俺は、嬉しい反面ずきりと冷ややかな衝動をくらった。
彼女はキッチンの方へ行き、未だ使ったことないエプロンを身につけ、うどんを熱湯の中に入れていた。鼻歌が弾まれていて、家庭的な音が平穏な空気をつくりだす。
俺は彼女を監禁しようとした。涙の痕が曝されるまで、彼女を傷つけてしまった。
それなのに、何故…。
すると、聞き慣れない携帯の着信音が響いた。おそらく、先輩のものである。
彼女は渋々と、電話に出て無言から始まる。会話を聞いていると、彼女の親からだと分かる。
終わったなと、自嘲の笑みが零れた。結局、これまでのことは夢のようで、先には監禁者のレッテルがあるんだ。分かりきった言葉を予測しながら彼女の言葉を聞いた。
「私、まだ帰れないの。」
「!?」
俺は耳を疑った。いきなり予想外な言葉が出て来たのと、諦めと執念の間をフラフラしていた時に言われたから。
「家族が不在の時に友達がインフルにかかっちゃったの。心配で心配で私、ずっと看病してあげないと…。」
友達だって?そんな出まかせついてまで俺を庇う気なのかよ。何でこんなに人が良すぎるんだ、この人は。
すると、彼女は唇を固くしていって表情に曇りが募っていく。
「駄目だよそんなの!苦しんでる途中なんて…辛いに決まってるし、自分で炊事洗濯出来ないのに放っておけないよぉ!」
「…!」
「私、そんな薄情なこと出来ない。後で連絡するから、今は忙しいからこれで。ごめんなさい。」
そう言うと、彼女は通話を切って携帯を閉じた。
とことん分からない。俺のような奴をここまでして看病するなど、どこにこんな呆れる程のお人よしがいるんだ。
俺はあなたを傷付けたのに…。
「やめてくれ。」
俺はぼそりと、彼女に聞こえないくらいの声で呟いた。台所にいる彼女は、何も知らずに聞き返す。
高ぶる感情に比例し、身体の震えが一層増していく。
「やめてくれ!」
「!?」
「こんなのあんまりだ。監禁した俺なんか助けて、そんな奴のために感情的になったりして…。本当なら警察に通報するなり、訴えるなりするのが普通じゃないか!こんな男と女二人きりの空間で、無事帰れる保証もないというのに…。」
自分でも、何をどう考えて言っているのか分からなくなってきた。口先は構わず暴走したがり、我が儘にもそれが止まらない。
変にじんわりした感覚が、鼻の奥を横切っていく。
「一緒に食べながら話そうよ。」
返事とともに返ってきたのは苦笑いだった。それからは、また台所で家庭的な音がならされる。
この一言で、鼻から目にわたってじんじんした感覚を催してしまった。思いもよらぬ羞恥心で、布団を深く被った。