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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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4. Speak Low-30

「平松くん」
「はい」
 平松が顔を上げる。悦子の部屋では見せない、部下として上司を敬い、指示を伺う顔つきだ。
「……サタケ照具さんでさ、去年に磯子の案件で入れたベースライトあったじゃん。あれって製造ラインの関係で仕入れ数に制限あったと思うんだけど、今もかかってんの?」
「ああ、光源に指向性持たせれるやつですね」
 デスクに置いてあるバインダーをめくりながら、「……たしか前に営業さんが来られて、専用ライン組んでからはある程度数こなせるって言ってたと思いますけど。確認してみます?」
「そうだね、聞いてもらっていい?」
「わかりました」
 頼もしいね、翔ちゃん。まだ出会って一年も経っていない。もう一度悦子はスカーフの上から喉をなぞった。奴隷妻の刻印。初めて会った時にはこの男と結婚するなんて思っても見なかったから不思議だ。自席の画面に目を戻すときに口元が緩んで音符を出しながら、ラフ画の天井にコメントバルーンを打ち込んでいると視線を感じて隣を見た。目を移すと彩奈が自分を見ていて、悦子と目が合って彩奈のほうが驚いてたじろいでいる。
「ん? できた?」
「あ、え……、は、はい……」
 彩奈の成果をチェックする。コンセプトシートを書かせたが誤りが多かった。根本的なところで認識誤りがあるのかもしれず、本来悦子が求めていたイメージラインから逸脱している箇所が散見された。ビューどうしの記載が矛盾している箇所もある。ここまで大外しするのは彩奈らしくない。いつもはここまでになる前に、彩奈自身が察知して事前に悦子に伺ってくる。
 悦子が間違いを指摘してやると、彩奈自身もそれが度を外した誤りであることがわかったらしく、恐縮しきりに謝ってきた。直すのは午後でもいいよと言って、その後の様子を窺っていても、昼休みに本当にそれで足りるのかというコンビニの小さなサラダパスタを食べている様子がおかしい。本当にどうしたんだろうと心配になった。業務に支障が出るほどであれば上司として看過できない。
 ちょっと話を聞いてやるかな。悦子は雛壇でのほほんとコーヒーを飲んでいる部長を見て、今回は相手が女の子ということもあるし、自分一人でコミュニケーションを図ってみようと、昼すぐに施設予約で応接室が空いていたのを抑えた。
「木枝さん、ちょっといい?」
 午後が始業して彩奈を応接室に呼び出した。コーヒーを二つ用意する。応接ソファに小さく座っている彩奈の横並びに座りコーヒーを勧めて、
「――どうした?」
 ととりわけ優しい声で問いかけてみた。
「は、はい……」
「ん? 何か心配事でもある?」
 配属されて数カ月、環境にも業務にも少し慣れ始めたところで壁にぶち当たるというのもよくあることだ。並の新人に比べればよくできるほうである彩奈も、自分の中で目指す姿と現状とのギャップに苦しんでいることもあるかもしれない。それとも、プライベートで何かあったのか、――彼氏とケンカでもしたのだろうか。私生活で何があろうとも業務の質を落とさないのがベストだが、心を持った人間である以上そうはいかない。そういったところまで含めて配慮してやるのが上司の務めだ、新任長職向けの研修でもそう教わった。
「いえ……、その」
 彩奈の反応は、「気がかりがある」と言っているようなものだった。
「いいんだよ、何相談してくれても。……他の人に言ってほしくなければ私だけが聞くし、私に言いにくければ別の人呼んであげてもいい」
 悦子は彩奈の肩をぽんと叩き、「言いたくなければ仕方ないけど、……悩んで仕事が手につかなくなるより、人に話して楽になったほうがいいでしょ?」
 上司というより年上のお姉さんらしく相談に乗ってやったほうがいい。この場で言い辛ければ飲みに連れてってやってもいいが……。
「はい、そうですね」
 彩奈は顔を上げて悦子を見た。
「そうだよ。……職場のこと? それともプライベートかな」
 真顔だと相手が身構えるほどの威圧オーラが出てしまうことは自分でも分かっている。極力柔和な笑顔を向けるよう努めた。こういう場合、部長はキャラが得してるなあと思った。
「しょ、職場です……」
「そうなんだ。誰かとトラブルでもあった?」
 彩奈は悦子から目を逸らした。何故逸らす? あまり突ついてもゴリ押ししているようになるから、悦子は黙って彩奈の次の言葉を待った。
「そ、その……」
「……んー?」
「……、ひ、平松さん……、のことなのですが」
(……!)
 心臓が強く鳴った。平松のことで彩奈が仕事に支障が出るほど思い悩んでいる。彩奈から見れば頼りになる先輩? さっきも悦子の質問に明瞭に答える姿を見ていたようだ。見てくれはともかく悦子の問いかけに答える姿はなかなかカッコよかった。……まさか?
「ひ、平松くんがどうしたの?」
 思わず引きつった声になってしまった。美穂のウソツキ。平松がどうともしなくても、彩奈の方から惹かれていってしまうこともあるじゃないか。いや、もう自分たちは結婚するのだ。今さら名乗りを上げたって、いくら若くて可愛くったって横取りなんてできるもんじゃないよ?


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