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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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4. Speak Low-21

「お父さんは?」
 平松が訊くと、ひかりがリビングの壁にかかっていた時計を見て、
「んー、この時間に必ず顔を出すって言ってたけど」
 と言うと、折しも玄関の方で物音がした。早足で入ってくる足音がしたあとリビングのドアが開く。白い手袋をしたままでタクシーの制服姿の父親は入るなり悦子を見つけて目を見張った。白髪が混ざっているが髪は潤沢に残されており、額と目元に刻まれた皺とメガネの向こうの小さな目が優しそうな性格を物語っている父親は、
「いや、お出迎えできずに申し訳ありません。翔太の父親です」
 と恐縮しながら自己紹介した。悦子はすぐに立ち上がると、
「こんにちは、権藤悦子と申します」
 と挨拶した。よし、今度は噛まなかった。平松の母親のキャラが強烈過ぎて緊張が薄らいだのかもしれない。タタタとキッチンから出てきた母親が夫の二の腕を何度も叩いて、
「ね、パパ、びっくりしたでしょぉ? 何てステキなお嬢さんなんでしょ」
 とはしゃいだ。
「うん、びっくりしたよ。翔太がまさかねぇ……」
 テンションがハイになっている母親を少し抑えるように笑う父親を見ていると、この人だからこのお母さんと夫婦やれるんだなと奇妙な納得感があった。
「パパ、もっと居れるの?」
「いや……」父親は申し訳ない表情を悦子に向けて、「悦子さん、申し訳ありません。私、急にこれから外せない仕事が入ってしまいましてすぐに出なければならないんです」
「えっ、もぉ、何なのぉ? サボっちゃいなさいよ」
「そうはいかないよ。ハイヤー契約のお客さんだから」
 困った笑みを浮かべる父親に向かって、
「あの、おかまいなく」
 と悦子はもう一度礼をして言った。
「本当に申し訳ありません。いずれ悦子さんのご両親にも正式にご挨拶に伺います。よろしくお伝えください」
 まさかの頬を膨らました表情を浮かべる母親に向かって、本当に悪い、と言った父親は悦子に礼をして出て行った。
「お母さん、お湯沸いてんじゃん?」
 相変わらず冷静なひかりが母親に忠告すると、いっけない、と言って母親がキッチンに戻っていく。
「――あ、翔ちゃん」
 キッチンの方から母親が平松に呼びかけた。「お紅茶もう少しかかるから、先に挨拶しておいたら?」
 そうだね、と言った平松は立ち上がって悦子を向き、
「もう一人、紹介したいんだ」
 と言った。
「あ、うん……」
 平松に追いて廊下に出ると、向かいの部屋に入った。六畳の和室にはタンスやハンガーレールが置かれていたが、壁に沿うように仏壇と紫色の座布団が置いてあった。写真の中には、先ほどの父親とはまた別の優しみが滲んだ男が笑っていた。
 平松の父親は五歳のときに癌で亡くなったことは事前に聞いていた。平松はマッチで線香の束を灯すと、半分を悦子に渡した。受け取って線香立てに立てる。座布団を悦子に譲り、二人で並んで座るとりんを鳴らした。二人で手を合わせる。リビングでの母親との騒々しさとは打って変わって、和室の静寂に金音がずっと響いているような気がする。翔ちゃん、お父さんに似たんだね。遺影の中の父親は平松にそっくりだった。子供の時の父親の記憶はすべて病室だったと言っていた。子供ながらに父親がどんどんと痩せ衰えていくのが分かった、でも自分が訪れると必ず父親は優しく出迎え、しかし我が子が間違ったことをしでかすと叱ってくれたと。
「……こんにちは、権藤悦子と申します」
 手を下ろしたあと、遺影を見上げて言った。写真の父親は、平松が時折見せてくれる柔和な笑みに似た笑顔で悦子を迎えてくれた。
「お父さん、俺、悦子と結婚します」
 平松も遺影を見上げて言った。目線だけで平松の横顔を見やると、目が少し赤くなっているように見えたが、「びっくりした?」
 と笑いながら父親に呼びかけた。
「びっくりさせてすみません」悦子も笑いながら言って、「ふつつか者ですが、よろしくおねがいします」
 と礼をした。
 平松が五歳の時に死に別れて数年後、母親は再婚した。ひかりを身ごもったからだ。病室で父親と過ごした記憶がまだ色濃かったから、初めは新しい父親に馴染めなかったが、父親はひかりにも平松に対しても分け隔てなく父親であろうとしてくれた。父親参観にも進路相談にも普通に来てくれたし、懸命にタクシーを走らせて大学にも行かせてくれた。もちろん真剣に叱られたこともあった。オタクっぽい趣味に走っていることを心配していただろう。何より、平松の父親へ常に尊敬と感謝の念を持ってくれているのが伝わってきた。
「いつからかはわからないけど、血が繋がってないことは全く気にならなくなった。父親が二人いる、って普通に思えた」
 平松が本心から言っていることに、悦子もまた、平松には父親が二人いるんだと思うことにして今日やってきたのだ。今の父親は結婚を許可してくれているようだ。悦子は仏壇を見上げて、
「私と結婚すること許してくれたかな」
 と呟いた。
「許してくれたよ」


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