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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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4. Speak Low-20

 ちくしょー何だよその余裕はよ、と顔を赤らめていると、マンションに着いた。エントランスをくぐりエレベータに乗っている間に和らいで引いていた手汗が少し滲んでくる。フロアに出ると心臓が痛いほど打ち始めた。第一声なんだっけ? 昨日決めた筈がどうしても思い出せなかった。平松が自宅のドアの前まで導いていく。ちょっと待って、まだ思い出せてない。頭の中に浮かんでくるのは、こんにちは、権藤悦子です、という平松が悦子の実家を訪れた時のあのしょうもない挨拶だけだった。平松が鍵を出してドアを開ける。だからちょっと待って。
「ただいまー」
 声に出せなかったのだから当然だが、悦子の気も知らずに平松が家の中に向かって帰宅を告げた。しばらく誰も出てこない。
「あれ? ただいまー」
 もう一度呼ぶと、遠くから、ひかりちゃん、とだけ聞こえて、すると奥のドアが開いて人が出てきた。ネックラインが開いたTシャツに膝で折り返したジーンズ姿の女の子。母親なわけはない。これが誰かは平松から聞いている。
「あ、いらっしゃいませー」
「妹のひかり。大学生なんだ」
 平松が紹介すると、ニッコリとした笑顔を向けられた。弾けているかと思えるほどの若さで、ナチュラルショートにボーイッシュなスタイルが似合って可愛らしい。
「ひかりですー。妹ですー」
「あ、あの、こっ……」
 仕事でも何度としてきた美しいお辞儀をしようとしてハッとなった。緊張のあまり気づかずにいたが、まだ手を繋いでいて、ばっちり妹君に見られてしまった。悦子は慌てて腕を振って平松の手を切ると、
「こ、こんにちはっ、ごっ、……権藤悦子です」
 と上ずった声でお辞儀をした。
「こんにちは」ひかりは無心の笑顔を向けつつ、悦子の全身を値踏みしているかのようにも見える目線を向けた後、廊下の方を振り返って、「おかーさーん、スゴい人きたよー」
 と大声で呼びかけた。ん? スゴい人って私のこと?
「やーん、ちょっと待ってよぉ」
 奥の方から声が聞こえる。あれ? もう一人妹がいるんだっけ?、と訝しんだすぐに、ひかりが出てきたドアがまた開いて、ひょこっと顔だけが一瞬出てすぐに引っ込む。
「いやん、どうしましょ」
 小さく聞こえてくる。
「……こうなると思ってたんだ、ちょっと待っててくださいね」
 ひかりが小声で言った。開いたドアの裏から咳払いが聞こえて、やがて声の主が現れると、パタパタとスリッパを鳴らして玄関先にやってくる。
(わ……)
 ひかりを可愛いと思ったのは、二十歳と聞いているその若々しさとユニセクシャルな雰囲気がマッチしていたからだ。今、目の前に現れた人物は全身が可愛かった。「カワイイ」で身を固めていた。ピンクのフリル満載のエプロンに、悦子の倍以上の膨らみを見せるパフスリーブのワンピースの袖、深い襞が揺らめくスカート、内巻きにしたミディアムボブの髪は光沢があって何とリボンが結われていた。
「……えっと、ウチのお母さんです」
 平松の声に我に返る。平松からはちょうど五十になったところ、と聞いていたが、若い。若作りになっているのかどうかすら分からないファッションだが、それを抜いても若い。とてもその歳には見えなかった。唖然としているのがバレているのか、平松もひかりも気まずそうな顔をしていた。
「あ、あのっ……。ごっ、権藤悦子と申します」
 悦子は丁寧に頭を下げた。ただ噛むのも不格好だが、権藤の「ご」で噛むともっともカッコ悪いと思っていたのに、ひかりに続いて連続で噛んでしまってお辞儀をして伏せた顔を後悔に歪めていた。
「あの、わ、わたくしが翔太の母ですぅ……。やーん、どおしましょ、緊張しちゃうっ」
 その声が聞こえて顔を上げると、両手で頬を挟んで身をくねらせている。マンガのような恥ずかしがり方だ。「翔ちゃん、ものすごくキレイなお嬢さんねぇ。翔ちゃんね、いっつも悦子さんのことキレイだキレイだ、って言ってたから、わたくし、すっごく期待してましたの。もぉ、そしたらどうなの、思ってた以上にキレイな方。ああ、もう、ママ恥しくなっちゃう」
「……とにかく上がってもらったら?」
 そうか、私はこの母親と同じ呼び方をしているのか、と複雑な心境に陥りかけた悦子の傍らで、私のほうが恥ずかしいよと言わんばかりの冷静なひかりの勧めに、
「ああ、ごめんなさぁい。上がってくださいな」
 と母親はスリッパを置いた。ピンクでこんもりとした客用スリッパもきっとこの母親の趣味だろう。母親が出てきたドアを通されると、オープンキッチンに続くリビングにはソファセットと、キッチンカウンターに添えてダイニングテーブルがあった。
「ウチ、悦子の家みたいな立派な応接間ないんだ」
 と言って平松は悦子にソファへ促した。そのほうがいい。実家のようなあんな間に通されたら緊張で気絶してしまう。平松にはそれを強いておいて、悦子は格式張ってはいないリビングにホッとして、失礼します、と楚々とした声で入り、ソファに座る前に、
「あの、これ、つまらないものですが」
 と携えてきた紙袋を差し出した。
「お母さんの好きな紅茶だよ」
「まあっ、お紅茶っ。……早速頂いてもいいかしらぁ?」
「あ、はいっ……、あ、お手伝いします……」
「いやん、よろしいのよ。どうぞ、お座りになって」
 平松が悦子の隣に座って、ビックリした?、と小声で聞いてきたが、そう言われても悦子は微妙な表情で首を振るしかない。キッチンの母親には聞こえていない会話は、ダイニングテーブルの椅子に座ったひかりには聞こえているようで、すみませんね、という苦笑の表情で悦子に会釈をした。


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