始まりの泉-3
「なんだよ」
「ごめんごめん。キミはクアトリアに来たの、初めてですか?」
膨れっ面になった不審人物に青年は何とか笑いを堪えて質問した。
「は?……ああ、さっき着いたばっかだけど?」
「なら知らないかもしれないですね。この噴水はクアトリアの名所『始まりの泉』と言いまして、後ろ向きで泉にコインを投げ入れて願い事をすると叶うと言われているんです」
説明を受けた不審人物は手の平にあるコインを見る。
綺麗に磨かれてピカピカに光っているコインに、どれだけの願いが込められているのか……不審人物はコインから女の子に視線を移した。
女の子はどよ〜んと落ち込み、ずぶ濡れな分、余計に悲壮感が漂っている。
(すっげぇ大切な願い事……だったんかな?)
小さなコインをこれだけ綺麗に磨くのは大変な作業だったろう。
それなのに有頂天にはしゃいでいた自分が邪魔をしてしまった。
不審人物はスクッと立ち上がり、ぶるぶるっと身体を震わす。
「わっ」
「きゃっ」
ピピピっと水飛沫が飛び、青年と女の子は小さく悲鳴をあげる。
すっかり水気を払った不審人物は女の子にバッと手を差し出した。
「ん」
「ぇ?」
きょとんとする女の子に不審人物は更にズイッと手を出す。
「ん!」
「?」
女の子はワケが分からずに不審人物の手と顔を交互に見た。
「んっ!」
焦れた不審人物は女の子の手首を掴んでグイッと引っ張る。
「わきゃきゃっ」
女の子は引かれるままに腰を上げ、歩き出した不審人物にわたわたとついて歩いた。
「願い事、すんだろ?」
「え」
「大事な、願い事なんだろ?」
女の子が不審人物を見上げると、彼はブスッとしていた……が、目がとても真剣だった。
女の子はパッと笑顔になって元気良く答えた。
「うんっ!」
元気な声に不審人物はちょっと振り向いてニカッと笑う。
口元に覗く犬歯がちょっと可愛いな、と女の子は密かに思うのだった。
さっき、起こした騒ぎなど無かったかの様に噴水前は既に人混みが戻っていた。
「あちゃ〜」
不審人物は女の子の手を握ったまま反対の手で後頭部をカリカリ掻く。
チラッと女の子の方を見ると、彼女はどよ〜んと落ち込んでいた。