3. Softly, as in a Morning Sunrise-6
「はい、今日からウチに配属になった今年の新入社員です」
部長は女の子の方を見やって、「ほい、じゃぁ、自己紹介っ」
心なしか部長もテンションが上がってる気がした。大学生の娘に相手にされないからこの子に期待しちゃってるのかと想像して微笑ましく思っていると、
「はいっ」
声も可愛らしく、よく澄んで通った。えっと、と小声で一呼吸置いた仕草が初々しい。「コノエ、アヤナです。今日からこちらでお世話になります。……私は、大学時代――」
え? 悦子は耳を疑った。担当上司として聞いて置かなければならない話は頭の中に入ってこなかった。いやそんなわけないだろ、と自分を窘めても、前に立つ子を見ているとあのピンクの髪をした女子高生に見えて仕方がなかった。
悦子は周囲に悟られぬように視線を横手に巡らせた。左側にはいない。右側に、居た。おい、なんだその目はよ? 顔が曇りそうになるのを我慢しながらアヤナの話を聞いている平松をチラチラと見やった。
「権藤チーフ」
あの子は彩奈ちゃんじゃないよ? 苗字が超似てるだけ。ほら、髪型も違うじゃん? てか、お前さ、彩奈ちゃんなんか私の前で霞んじゃったんじゃなかったのかよっ。
「……ゴンちゃーん?」
「はいっ」
部長の声に我に返った。ゴンちゃんという動物的なキャラクターに付けられそうな愛称を今日来たばかりの可愛らしい新入社員の前で呼ばれて、目線を向けざまに部長を睨んでいた。特に今まで非難されたことのない筈のタイミングで呼んだのに悦子に睨まれて部長がたじろぐ。いけない、このオッサンのせいではない。思い直して作り上げた悦子の笑みは、逆に部長を更にかんぐらせて、一体どうした、という顔をされた。
「えっと……、じゃ、解散。……ゴンちゃんはこっち」
メンバが自席へ戻っていく。部長席の方へ歩みを向けながら、何気なく自席の方を振り向くフリをして平松を見た。特に普通の様子で自席に戻っていっている。よしよしそれでいい、と思ったら、目線がチラリと部長席方面へ向けられた。え? 何で見たの? 今!
「こちらは権藤チーフコーディネータ」
眉間にシワを寄せて近づいてくる悦子の威圧感に思わず、こちらは、という言い方で部長が紹介した。
「権藤です。よろしくね。……入社11年目で、特にうれしくもないけど、ゴンちゃんって呼ばれてます」
そう言った悦子に部長は苦笑をして、アヤナは困惑を忍ばせた真面目な表情を浮かべながら、
「コノエアヤナです。色々行き届かないこともあるかと思いますが、頑張ります。よろしくお願いします」
ハキハキと言ってビジネスマナーで教えられる通りの丁寧なお辞儀をした。平松が転属してきたときと何たる違い。
「……コノエさんって、珍しい苗字だよね? もしかして、あの、近衛さん?」
学生時代に習った記憶がある。だが照れた笑いを浮かべて、
「あ、いえ、よく言われるんですけど、全く関係ないんです。木の枝、で木枝、なんです。名乗る時に恥ずかしくて……」
と言った。照れている姿も愛らしい。自分も名乗る時に一瞬躊躇するが、ゴンドーとコノエだと全く聴いた印象が違うのが悔しい。
「へー、そうなんだ。……じゃ、アヤナってどんな字書くの?」
「あ、ええと、いろどりの彩に、奈良の奈です」
改名する予定は無いか聞きたかったが、何故に初対面でそこまで名前に拘っているのか部長が訝しみ始めているのに気づいたから止めておいた。
「ま、そういった話は追々ね。えっと、木枝さんの席は……、あ、そうか……、ゴンちゃんと離れた席だとやりにくいよな」
島の最端にしか空席がなく、悦子の席からはかなり離れてしまう。「よしっ、じゃ、これを機会に席替えだ。だいぶん入り組んできてやりにくいと思ってたんだ」
案件ごとにチームが組まれるから、繰り返すごとに同じチームでも座席が離れてしまっているのが散見されている。暫く座席を眺めていた部長は、
「じゃ、まずは矢野ちゃんをあっち!」
と不在のメンバの座席を端の空いていた席へ指さした。
「矢野さん、いませんけど?」
悦子が言うと、
「だからだよ。どうせ年内北海道行きっぱなしで月末くらいしか帰ってこないだろ」
ベテラン社員なのに端席は可愛そうだなと思いつつ、まあ確かに荷物も少ないし一番移動しやすい人だと思った。
「んで、平松君が、矢野ちゃんのとこ。で、木枝さんが平松君が座ってたとこ。これでゴンちゃんと並ぶからやりやすいだろ。それから……」
平松は悦子の隣だったのが斜め前になる。つまり彩奈と向かい合わせだ。
「え、ちょっと、部長……」
「ん? どした?」
雛壇から島の方へ近づきながら座席替えに大鉈を振るおうと張り切っていた部長が振り返って悦子を見た。なんだよこのオッサン、席替えテキパキやってカッコイイとこ彩奈ちゃんに見せようとしてるんじゃない? ともあれ彩奈が隣なのは構わないが、平松の席が非常に不服だ。悦子が何か真っ当な理由を探そうとしていると、
「……平松君が手離れするのが心配?」
と部長が言って周囲を笑わせた。平松がこの半年悦子に付いて真摯に業務に打ち込んでいたことは皆知っている。失敗が多い男だったが、悦子の叱責を浴びながら腐らず一つ一つクリアしていく姿は、権藤チーフの畏き下僕みたい、と冗談で評されたが、誰も馬鹿にするものはなく皆密かに心打たれていて好意的に捉えられていた。下僕キャラを嫌がることもなく、平松もあははと居心地が悪いような笑いを浮かべている。何笑ってんだよ。悦子一人が主君キャラと席替えを拒まぬ平松に不機嫌になっていた。