3. Softly, as in a Morning Sunrise-14
「ね、こういう服って私が着たらどうする?」
「どうするって……、どうもしないよ」
「どうもしないの?」
悦子は平松のアンダーシャツの裾に手をかけて、少しだけ引き締まってきた腹を露に、体から捲り上げていく。「こういう服着てる、私とエッチしたいって思わないの?」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃない。……私の部屋に来たってことは、エッチしたくて来たんでしょ? ちがうの?」
「う、うん。そうだよ」
「いつも着てるタイトより、フレアのほうがめくりやすいよ、きっと」
「悦子、……服いいの?」
「いい。どうせ私には似合わない」
「そんなこと言ってないよ。悦子はキレイだから、きっと何でも似合う」
言うのが遅い。この甘い匂いがするアンダーシャツを今すぐ脱げ。セックスしに来たんだろ。
悦子は内に跳梁する苛立ちを焦燥に仮装させて表面に溢れさせながら、アンダーシャツを平松の頭から抜き取ってできるだけ遠くに投げ捨てると、平松に体をぶつけるようにしがみついて唇の中へ舌をこじ入れた。酒の味がする。酒以外のモノがここに混じっていないか味覚を探りながら、平松の手を取って早く自分の体をまさぐるように導いた。
「私としにきたんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃ、早く、して。……してください。我慢できない」
「我慢できない?」
平松の顔がほころんで、意地の悪い貌を浮かべながら悦子のタイトスカートを捲り上げていく。このスカートちょっと短くない? 誰に見せるつもりで履いてるの? 揶揄の言葉が響いてきて、悦子のスカートの奥が反応を始めるが、頭の後ろ側、脳の深い部分に不安がこびりついて離れない。他の男に悦子のキレイな脚が見られると思うと許せないな。見る男たちではなく見せる悦子を批判してくる平松の言葉も不安をまだ削ぎ落としてくれない。やがて平松が身を翻して悦子をフローリングの上に押し倒すと、タイトスカートが捲れ上がった脚を割って体を押しこみ、スウェットの中で硬くなった突起を最奥の恥丘に擦りつけ、くねる悦子の腰を愉しみながらブラウスの上からバストを頬張ってくる。平松の重みに体の自由を奪われながら、ショーツの頂に擦りつけられる突起にもどかしく何度も敬語で平松の弄嬲を求めて、それでも悦子は聞きたくても聞けない、その突起の硬さは確かに悦子を抱こうと興奮したためなのか、まさか誰かを悦子に仮託して姦しにかかっていないのかという疑問は口にはできなかった。
「……絶対、あいつ、木枝さんに手出そうとしてる。ていうか、もう手遅れかもしれない」
彩奈と二人だけで飲みにいった疑義だけではない、職場での平松と彩奈を見ていると、悦子から見れば訝しまれることばかりだった。平松とばかり話しているような気がする。彩奈も何かにつけて平松を頼ろうとしているように見える。見れば見るほど、考えれば考えるほど、最早不義を果たしているのかとすら思えてくる。
「ほー……、あのマシュマロマンが、大それたことを。よっぽどゴンドーの雷が怖くないらしい」
美穂が、悦子があげるといったもう一つのエビを丁寧にほじくりながら言った。
「ね、美穂。……私けっこう真面目に悩んでんだから、チャカさないで?」
美穂にしてみれば、悦子の言い分は、二人が話しているところを目にするから浮気しようとしている、という風にしか聞こえなかった。彼氏のシャツから彩奈の香水の匂いがしたと憤っているが、他の社員にも聞いた様子はない。あれだけ擬似フェロモン振りまいている彩奈の匂いなんぞ簡単に移るわ。ゲームの話題で盛り上がったって言っても、名前が似ていることを知った彩奈の社交上の話題の引き出しの一つかも知れない。だいいち彩奈自身にそれを聞いたのか? 平松に二人で飲みに行ったんじゃあるまいなと聞いたのか? その勇気が出ないとのこと。
闊達で颯爽と仕事をこなして同期として誇らしく見ていたのに、ウジウジとした女に成り果てていて見ている方が嫌になってくる。
「チャカしてないよ? でも、バカだなーって思って」
「人の彼氏を――」
「あー、ごめん。バカっつったのは、マシュマロマンのことじゃない。あんた」
気合をつけすぎたのかもしれない、夫と付き合うようになってなるべく女らしくあろうと心がけ、立ち居振る舞いに染み込んでいたはずだったのが、美穂はエビの汁に濡れた指を舐ってからおしぼりで拭った。
「わたし?」
「ブス専とかバカとかってコトバ聞いても即ギレしないでね」
マッコリを啜って喉を潤したあと、美穂は悦子のすぐ前のテーブルをトンと爪で叩いて意識を向けさせた。
「アンタの彼氏さー……、平松くん。カッコよくはないよね? これはいい?」
「……うん」
自分で平松のことを不細工だと言うのはいいが、人に言われるとムッとなる。だがそれを凌ぐほど美穂の顔は謹厳としていたから認めることができた。