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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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3. Softly, as in a Morning Sunrise-13

「今から行っていい?」
「……どこにいるの?」
「桜木町」
 ここに来るまでそれほど時間はかからない。
 何しに来るのだろう?
 悦子は、今日は疲れてるからやめておこう、と言いたかった。だが、平松がこの部屋に来て、胸の底から溜まって喉元まで溢れそうになっている灰泥を洗い流してもらわなければ、明日を迎えられない、今日は眠れないと思った。
「来たければ来れば?」
「じゃ、行く」
 感じ悪い女だな、と自分を卑下して紛らわせて電話を切った。
 だったら風呂を沸かしておこう、二人で入るために。だが平松がやってきたとき、悦子は帰った時の姿のまま、ローテーブルの上に開いたノートパソコンの画面を見ていた。ただいま、と言う平松に、ここはあんたの家じゃない、という悪態もつかずに一度だけ顔を向けただけだった。
「……何してんの?」
「んー……、ちょっとねー……」
 悦子はレディースファッションのショッピングサイトを見ていた。その側にやってきて平松が座る。「タバコ臭い」
 飲んだ場所と相手に喫煙者が居たのかもしれない、アルコール臭よりも煙草の匂いが目立った。
「あ、ごめん」
 平松がマウスの横にコンビニのビニール袋を置いて消臭スプレーを取りに立ちあがった。おにぎりと野菜ジュース、悦子の好きなチーズケーキが入っている。
「何? これ」
「ん? 22時前に終わって、さっき電話した時に家にいたってことは、食べてないかなと思って一応買ってきた」
 平松はスーツとシャツを脱いで消臭スプレーを振りつつ言った。悦子を慮ってわざわざ買ってきてくれたのかと思うと、いつもなら胸が和むところだったが、立ち去り際に煙草とアルコールの臭いに混じって、甘いフレグランスの香りがしたように思えた。彩奈が振っている香水だ。戻ってきたアンダーシャツとトランクスに靴下のみという不格好さがいつもは可愛らしく思えるのに、今は苛つく。クローゼットから悦子が洗濯しておいてあるスウェットのズボンを出して履くと同じ位置に戻ってきた。スーツもシャツも脱いだのに、……脱いだのに何故か一層甘い香りがする。画面をスクロールさせサムネイルをクリックしていたが、悦子は商品説明を全く見ていなかった。
「服、買うの?」
「んー……、そうだね、買おうかなと思って」
 悦子が見ていた商品一覧は、普段悦子が仕事で身に纏っているスタイルとは系統が異なる、フェミニンなAラインフレアスカートだった。この類のスカートは一つも持っていない。大学の時にフェミニンスタイルのショップで試着したが、脚の長さと肢体が醸し出す妖美とのアンマッチに自ら購入をやめて以来、洋服選びの候補からは外し続けている。
「……ゴハン、要らない?」
 食べた、と嘘をつこうと思ったが、空腹が胃袋を刺激し始めている。このあと腹を鳴らすと辻褄が合わないので、
「食べてない……、けど、やめとく。夜食べると太るから」
「いいじゃん、一日くらい」
 油断して食べて、あんたがいつもキレイだキレイだ言ってくれてるカラダが崩れたらどうするんだ、と言ってやりたかったが、
「明日の朝食べるよ。ありがと」
 と画面に目を向けながら恬淡と言った。暫くマウスホイールの転がる音とクリック音だけが部屋に響いた。平松はじっと悦子がショッピングサイトを閲覧しているのを眺めている。
「なに?」
「んー? どれ買うのかなって思って」
「どれがいいと思う?」
 悦子が問うと、平松は悦子の手の上からマウスを持ってサイトをスクロールさせながらサムネイルを確認していった。
「……あんまり悦子が着てるとこ見たこと無い服だ」
「そうだね」
「どうしたの? 急にこんなの見て」
「……べつに」
 悦子は平松から手を引き抜くとコンビニの袋の中から野菜ジュースだけを取り出してストローを刺し一口飲んだ。声が霞れそうだった。「……木枝さんを見てたらこういう服も見てみたくなっただけ」
「あー、たしかに。木枝さんぽい服だね。……あっ、そういえばさー」
 平松は野菜ジュースを飲む悦子の側で自らマウスを滑らせながらサイトのリンクを辿りつつ、「木枝さん、やっぱり九重彩奈のこと知ってた。っていうか、メチャクチャ詳しかったよ。ああいうゲームしそうにない感じなのにさ」
 平松の声が踊っているように聞こえる。
「実は隠れオタかもしれません、だってさ。最初はそんなわけないだろって思ったんだけど、ずーっとゲームの話で盛り上がってさ、かなりディープなところまでやり込まなきゃ知らないようなことも知ってて、どうやらホンモノのコアプレイヤーみたい」
「……そ」
 ところで他には誰と行ったのだろう? 会社の他の人間が居る前で、彼らそっちのけでずっと恋愛ゲームの話をし続けることができるものだろうか。
 誰も居なかった? 誰も居ないのにこの時間まで二人で居た?
 悦子は野菜ジュースをマウスの傍に置くと、手首を掴んで平松の手を止めさせた。平松が不思議そうな顔で悦子を見る。


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