蟻とギリギリッす! 〜追いかけて来た太陽 番外編〜-1
公園の隅っこで見つけた小さな蟻の巣穴、そこから這(は)い出てチョコマカと動き回る蟻ん子の群れを眺めながら『香奈華(かなか)』が言った。
「ねえねえ! どうして蟻はこんなに一生懸命働くの? たまには休んで、のんびりしたいとか、思わないのかなぁ!?」
中学2年にも成って、まったく子供っぽいと言うか、幼い発想に、叔父(おじ)に当たる義理の兄『仁一(じんいち)』も、呆れかえっていた。
「だったらお前も、いっぺん蟻ん子に成って、額に汗して働いてみろよ。そうすれば蟻の気持ちが解るかもしれなおぞっ」
こりゃまた突拍子も無い事を言う兄貴だ。そう思って香奈華も顔を顰(しか)める。
「ばっかじゃないの、成れる訳ないじゃん!」
香奈華は、馬鹿げた事を言いながら自分の頭の上から覆(おお)い被(かぶ)さるようにして、蟻の巣を覗き込んでいた仁一の顔を振り仰ぎながら、彼に向かって口を尖(とが)らせるが。
仁一はそんな彼女の言葉に動じる風は無い。香奈華の肩に両手を宛がいながら、
「いいかい、目を瞑って……蟻に成った気持ちで、想像してごらん」
白々しくも、そんな事を言って来る。
幼稚園児じゃあるまいし、そんな馬鹿げた事などやってられるものかっ! そう思いつつ、子ども扱いされてる事を怒っているのか、香奈華は頬っぺたを膨らませるが。それでも黙って目を閉じたりもする。
「さあ今日から君は蟻ん子だ、身体は小さいけど力持ちだから、大きな荷物を運ぶのだってへっちゃらだっ!」
仁一に言われるまま、香奈華は蟻に成った自分を想像していた。半ば、やけくそである。
大きな大きな荷物を背負い、山あり谷あり、えっちらおっちら歩き回る。
荷物を降ろして、野を越え山越え、現場に戻ってまた荷物を担ぎ、えっちらおっちら、それをまた巣穴に運ぶ。
「ねぇ、あたしだけやるのって、つまんない。お兄ぃーもやってぇ!」
「解った解ったっ。そんじゃぁ俺は『キリギリス』をやってやる」
香奈華にせがまれ、仁一はキリギリスに成ると、草むら脇にあった小石に腰を降ろして、どこからともなく取り出したエレキギターを弾きながら、陽気に歌いだす。
「ラリホー ラリホー ラリルレロ〜〜ッ!」
全く持って、のん気な野朗だった。
香奈華は言った。
「ちょっとキリギリスっ! あんたねえ、毎日毎日そんな唄ばっか歌ってないで、ちょっとは真面目に働きなさいよ! ミュージシャンだか何だかしんないけど、あんたのペッポコピーな唄なんて、インディーズでCD出したって売れやしないわよ! いい加減夢をみるのは止めなさいよねっ!!」
「な〜にを言ってるんだぁ〜い蟻さぁ〜〜ん。ぼか〜ねぇ、唄が売れようが売れまいが構わないのっさっ! そんな事より蟻さ〜ん、君こそ働いてばかり居ないで、たまには休みでも取って、バカンスにでも出掛けたらどうだぁ〜い。そんなんじゃ何時までたっても彼氏なんか出来やしないよ〜〜っ」
「大きなお世話よっ! フンッだぁ!!」
遊んでばかりいるキリギリスを尻目に、蟻は来る日も来る日も、一生懸命働きました。
そして季節は夏真っ盛り。おりしも地球温暖化の影響もあってか、水銀柱(すいぎんちゅう)の目盛もうなぎの登り。地上は最早、灼熱地獄。
そんな中でも蟻は働きました。大きな荷物を背負って、あっちへチョコマカ、こっち来てチョンチョン。
「暑っち〜〜なぁ〜〜! しかし蟻さんも頑固だねぇ〜、こんな暑い日くらいは休めば良いのにぃ。あんたこれで10往復目じゃないのか〜〜いっ」
「ばかねぇ! 燃え立つような夏が有るからこそ、凍える冬にも堪えられるんでしょが! あんたこそ、そうやって明日の備えも無しに、その日暮らしなんかしていると、秋に成った途端に死んじゃうんだからねっ!」
「きっついなぁ〜〜、蟻さんには適わないなぁ〜〜。そんじゃ一曲! 暑っちいぜ太陽の季節ぅ〜〜〜なんちってぇ」
「ばーーかぁ!」