鬼畜の愛-10
「1度だけ、宮部に叩かれたことがあります。いくつの時だったか、30過ぎていたでしょうか。……」
もはや拷問のような宮部の愛撫に、心裏腹、のたうち回りたい快感に浸っているさなか、彼の舌が膣口を探るように突いてきた。瞬間、感情が激した。
「限界に達していたあたしは起き上がって彼を押し倒すと跨って叫んでいました」
「入れて!入れて!」
そしてペニスを掴むと股間を被せた。その時平手が頬を打った。一瞬頭がくらっとした。あとで頬が腫れるほどの強いものだった。
見上げる宮部の眼光は鋭かった。
「あたしは泣きながら、それでも何だか抵抗したかったんでしょうね。こんなもの、なによって、口走った記憶があります。そしてその場でペニスに向けて放尿したんです……恥ずかしい話ですけど、よくあんな時、出たなって、思いますよ」
「宮部は慌てもせず、たっぷりの尿を受け、泣きじゃくるあたしを抱きしめたんです」
そんな『夫婦生活』が続いた。宮部が勃起しなくなったのは60代半ば、それでも舌は這いまわり続けた。巨体は醜いまでに肥ってぶよぶよになり、昔の逞しさは見る影もなかったが唾液に塗れた口の蠢きはまるで若さのエキスを貪っているようだった。
「そうして30年……30年ですよ……」
文香は怒ったようにわたしを見つめた。彼女はわたしの腕の中にいた。話しているうちに寄り添っていた。
処女のまま、絶頂を知り、それは何度も体を貫き、求める体になっていった。快感に揉まれながら、いつか心の苦痛と同居していた。
「地獄、といったら大袈裟かもしれませんが、そう思ったものです。肉体的に燃焼しても心が伴わない。それは度重なると心の傷になるんです。あたし、高校も行ってないんですよ。青春の思い出はまったくないんです。宮部に捧げたようなものでした。お金はあります。欲しい物もたくさん手に入れました。でも、それらがあたしの半生に見合うものだったとは思えないんです……」
「宮部に愛はあったのでしょうか。あたし、わからなくなっているんです。彼は、変態性欲だったのでしょうか。……サドって、あるでしょう?」
わたしにも微妙なところはわからない。
「残酷な行為で痛めつけて快楽を覚えるっていうけど、ご主人はやさしかったんでしょう?」
「やさしくても欲望を遮断されたら虐げられたことになる……。あたしが望んでいたことを宮部は知っていたはず。あたしの体を見ればわかっていたはず。あたしが悶え苦しむのを悦んでいたとしか思えない。そうとしか思えないんです……」
一方で自分は女を買っていた。密かに女陰の快楽に浸っていた。
「あの人、お風呂場で倒れたんです。異様な鈍い音がして行ってみると仰向けになっていて、まだ意識はありました。驚いたのは勃起していたこと。頭を打ったか、何かの弾みみたいなものだったのかしら。若い頃とは比較にならないけど、硬くなっていたの。あたし、咄嗟にパンツを脱いで呻いている宮部に跨った。そしたら、急に萎んでしまって……。しばらく扱いてみたけどもう戻らなかった。……救急車呼ぶの、遅れたわ……」
そして、ぽつんと言った。
「人の愛じゃなかった……。鬼畜です。……宮部も、そして、あたしも……」
文香の唇は血塗られたように紅く見えた。