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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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2. Sentimental Journey -9

 電車が地下に入り、梅田を過ぎると車内が混み始めた。平松が身を寄せてくる。気安く寄ってくるなと小さく咳払いをしてなるべく平松から遠ざかってやったら、反対側の中年サラリーマンに近づくことになった。他の男のほうが近くなってますよ、と平松の反応を伺ったが、そもそも悦子が意識しているだけで傍目から見たらごく自然な平松と悦子と、見ず知らずの中年との距離だったから、何も起こるわけはなかった。一体自分が何に期待していて、何が期待はずれで怒っているのかがわからなくなってきたころ、地下鉄は大国町に着いた。無言で降りる。
「ここでいい」
「中ふ頭までいきます」
「いい。遠いから」
 同じホームの反対側が四つ橋線だ。電車が入ってくる。じゃあね、と一言だけ言って乗り込もうとする悦子の背後から、
「終わるころになったらメールか電話してください」
 と言われた。背を向けたまま少しだけ頷いた。ドアが閉まる。横目にホームを見やると平松がまだ自分を見送っていたが、悦子は手を振ることもなく後方に流れていくのを見守った。電車が完全にトンネルに入った轟鳴とともに車窓が真っ黒になると、つり革に掴まったまま悦子は肩を揺らすほどの溜息をついた。昼食を一緒に食べる時間はあった。そこで仲直りしたほうがよかったし、したかった。それでも悦子の方から折れたくはなかったし、その上また平松が敬語で上司扱いしてきたら余計に仲違いをしてしまっただろう。住之江公園へ向かう四つ橋線の車内で、こんなに気合いをいれて凛と身を飾っておきながら、泣きそうになってる自分が腹立たしかった。
 ニュートラムを乗り継いで辿り着いた臨海の会場は広く、照明器具という限定された分野の展覧会であるにもかかわらず人の入りは上々だった。東京に匹敵するくらい入っているかもしれない。もともと照明製品を扱う企業は中小が中心で、東京と違って大阪は工場を近くに作れるから数だけで言えば関東よりも多い。これは大阪開催に来て正解だったな、と平松の鬱屈を早く忘れたくて意図的に仕事脳へと頭を切り替えていった。
 上得意のブースに顔を出すと、東京からスタッフとして出張してきている顔見知りの担当に驚きと共に歓迎して迎えられた。ちょうどその企業の大阪支社長が視察に来ていたところだったから紹介される。いやべっぴんさんですなぁ、と好意的に談話できて、合同デモの観覧に同席することができた。支社長ともあらば見かけた人々が次々と挨拶をしてくる。どの企業でもそれなりの地位にある人間だ。その隣にいる悦子もついでに紹介をしてもらえて、悦子の名刺はどんどん減っていった。デモの最中、小声で各企業の商品の特徴や経営状況、更には、この企業は貴女の会社の競合と懇意だから難しい、この企業はまあ声をかければ乗ってくるかもしれないから紹介してあげよう、などと解説してくれる。そして遂には上得意が次の中期的なラインナップとして狙っている方向性まで聞き出すことができた。初老というよりはもはや老人と言ったほうがしっくりくる支社長がどういうつもりで悦子を気に入ったのか。スケベオヤジには見えないスマートな出で立ちだが、もしかして口説こうとしているのかもしれない。昼を食べていないから、支社長の前で空腹を鳴らしたら食事に誘われるかもしれない。うかうかしてると誰かに持ってかれますよ。
(……あ、そうか)
 いい気になりかけたが思い出した。きっとこの支店長はMなのだ。食事に誘われて追いていったら、こんな老人でも目を潤ませて跪き、自分へ忠誠を奉じ、折檻を要求してくるのかもしれない。
 様々思いを巡らせたが、やがて支店長は次の予定を理由に去っていった。個人的な連絡先を教えることもなかった。わざわざ横浜から表敬した自分を労ってくれただけだったのか、支店長はまた東京でイベントがあれば会うかも知れないと言って去っていった。何にせよ、本来なら自分から動いて色々な企業ブースを覗いて顔を売らなければならないところだったが、支店長のお陰で効率よく繋ぎを集めることができてしまった。気になった商品の紹介リーフレットをブースから集め、悦子が扱う案件で使えそうな企業にカタログの送付依頼をかけるとやるべきことが終わってしまった。時計を見ると十七時だった。仕事終わりの来訪に対応するためか夜まで開催しているが、もうこれ以上居る意味はなくなった。最後にもう一度顔見知りの担当に声をかけると、悦子は外に出た。
 海風が冷たい。オータムコートの前を閉めると、携帯を取り出した。気にせずささっとすれば大丈夫、と自分に言い聞かせて平松の連絡先を押す。仕事モードに切り替えていたから鬱屈を忘れていたが徐々に戻り始めていた。鼓動が少し早まっていた。明るい声で話せば、朝のことはなかったことにできる。呼び出し音は既に鳴っていた。しまった、ちょっと練習してから電話したらよかったと後悔したところへ平松が出た。


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