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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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2. Sentimental Journey -11

「うれしい」
 傍らから急に平松が口を開いた。
「……え、何が?」
「手つないでるから」
 悦子が諸々のしがらみで口を突いて出てこない言葉を平気で言ってくる。自分が言いたいことを先に言われるとより深く琴線に触れた。
「たかが、て、手つないでるだけじゃん」
「うれしいよ。悦子はうれしくない?」
 街中で名前を呼ばれて、鼓動が一つ強く打った。平松のような男に名前で呼ばれているのを誰かに聞かれてしまう恐懼ではない。平松に問われてすぐに肯定を返せない自分が恨めしい。
「……」
 平松の方を見れず、手を繋いだまま前を向いて歩く横顔に視線を感じた。
「手つなぐ程度なのにさ。なんでアセってんの?」
「あせってないっ!」
「可愛いね、って言ったら怒る?」
「ブチ切れる」
 御堂筋線の改札前で手を離してICカードを読ませる。先に入った平松が足を止めて振り返って待っている。悦子が改札を通ると手を伸ばしてきた。再び繋ぐために自分から手を伸ばすとき、一瞬唇を噛んで恨めしげな表情になってしまったのを気づかれて少し鼻で嗤われた気がした。胸を切なくさせていることを見透かされると悔しくてたまらない。電車の中でも手を繋いだ。街を歩くのとは違って、同じ人間から長らく見られることになる。イマイチな男と手を繋いでいる自分を見ている気がする。しかし離さなかった。居直ろう。知ってる者などいない。恋人と手を繋ぐことがこんなに嬉しみを染ませてくるとは思わなかった。でもどのあたりで手を離そう。新横浜? 車内ではずっと繋いでてもいいのかな。せっかく繋いだのにもったいない。
「降りない?」
 淀屋橋を過ぎたあたりで平松が急に悦子に言った。
「え……」
 この手が離れるときのことを考えてしょげそうになっていた悦子は不意を突かれて頓狂な顔を向けてしまった。
「次で」
「どこいくの?」
「決めてないけど、もう少しこうして歩きたい」
 どんぴしゃのタイミングだな。
 もし悦子に尻尾が生えていたら振りまくってるに違いなかった。言葉なく、別にどうってことないような顔を繕って頷くと手を引かれて梅田で降りた。帰宅ラッシュと重なったせいで、梅田の地下街も物凄い人通りだった。改札を出るところで、今度は悦子の方から平松の手に繋ぎ直していた。大学生らしき男の子の三人連れが悦子を見て、え、という顔を向けたあと何かを言い合って笑っている。ボクたちにどう思われようが別に気になんないよ。
 梅田の地下街は東西南北に広がっていた。別にどこに行くのでも構わない。途中コスメショップを見つけて平松を引き連れて覗いた。関東にもあるブランドショップだが構わない。平松にサンプルを嗅がせて、どれが好きか聞いている様を店員が作り笑顔のまま見守っているが、内心戸惑ってるんだろうなと思ったが、それすら構わない。そんな失礼な店員からは買ってやらない。コイツはどのソープよりも、私の汗の匂いにがっつくのだからね。わけのわからない悪態を心の中でついて店を出たところでトレンチの中でお腹が鳴った。そういえば昼を食べていない。コイツのせいで。
「お腹……、空いた」
「じゃ、何か食べよう」
「何食べる? 大阪初めてでしょ?」
「うん。大阪なら……、たこ焼き?」
「えー、もっとちゃんとしたゴハン食べようよぉー」
 悦子は笑った。すると繋がれた手がギュッと締まった。「ん? なに?」
 握る手の強さに、笑顔のまま平松の方を向く。
「今日、初めて笑った」
「……。そ、そう?」
 だから誰のせいだよ。
「今まで見た、笑った顔の中で一番可愛かった」
 可愛いって言ったらブチ切れるつったろ。
 しかし言われた瞬間悦子は耳の先まで赤くして俯いた。手を繋いでデートしてはしゃぎすぎだ。いくつだと思ってんだ私。
「あ、串かつ」
 コスメショップがあった小洒落た通路から、少し猥雑とした通路に入ると、古い感じの飲食店が立ち並んでいた。のれんに串かつと書かれている隙間から覗くとカウンター席が空いてるようだ。
「食べたこと無い?」
「うん。……なんか、寿司屋さんみたいだね」
 二人で覗いていると、カウンターキッチンにいた厨房服の男が、まいど!、と大きな声で手で二つの席を指し示したから、入らざるをえないことになった。カウンターに座ると、平松はまた物珍しげにキョロキョロと店内を見回している。
「いらっしゃいっ……、飲みモノ、ビール?」
 山盛りのキャベツが入った皿をゴトンと二人の前に置いた店員が尋ねる。
「あ、はい」
「私は、ウーロン茶」
 頼んだ悦子を、えっ、という表情で平松が見る。
「飲んでもいいよ」
「ううん、いい」
「体、調子悪い?」
 何故そんな酒飲みキャラにされているのか不服で睨み、
「べつに、今は飲まないだけ」
 と言った。はしゃいでいる。自制しなければ。上機嫌で飲んだらどんどん酒が進んで我を忘れてしまうかもしれない。酩酊している間にこの時間が終わってしまったら悲しいのだ。


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