2章-1
翌朝。
美冬は目を覚ますとはっと時計を確認する。
6時。
(良かった――さすがにこの時間に鏡哉さんはまだ起きていないだろう)
音をたてないようにそっと部屋から出ると、死角になっていて見えないキッチンのほうから人の気配がした。
もう起きていたのかと焦ってキッチンに顔を出すと、コーヒーメーカーを弄っている鏡哉と目が合う。
「おはよう、美冬ちゃん」
「おはようございます! 今朝食お作りします」
「駄目だよ、君病人なんだから」
「いえ、もうぜんぜん大丈夫です」
そう答えた美冬の返事は嘘ではなかった。
昨日の食事と鉄剤が効いたのか、低かった体温も戻り顔色もいい。
鏡哉は背の低い美冬の顔を覗き込むと「本当だ、顔色いい」と少し笑った。
美冬はというと初めて見る、薄手のニットとデニムという鏡哉のスーツ以外のラフな姿に目を奪われる。
(わあ、やっぱり綺麗な男の人だなあ。毎日目の保養になっちゃう)
すらっと背の高い鏡哉はモデルのように均整のとれた体つきをしていた。
(それに比べ、私ってば、とほほ……)
自分の頼りない体を恨めしく思いなながら、美冬は見つけた冷蔵庫を開ける。
「本当に作ってくれるの?」
「もちろんです。家政婦ですから」
「あるもの全部使っちゃっていいから」と言われ、美冬は野菜室から適当に野菜を見繕い、具だくさんの味噌汁、焼き魚、おひたし、だし巻き卵っと、手際よく作っていく。
対面キッチンのカウンターで興味深そうに美冬を覗いていた鏡哉は、その手際の良さを褒めてくれた。
(こんなのでいいのかなあ?)
ダイニングテーブルに並べた料理の品を見て、美冬は疑問に思う。
鏡哉の作ってくれた洋食のように綺麗でもなく、ありきたりの食事。
舌の肥えていそうな鏡哉の口に合うのかと、美冬はごくりと唾をのみこんで、彼が味噌汁をすするのを見つめた。
「うん、美味しい。ちょうどいい味」
視線を合わせて褒めてくれる鏡哉に、美冬はほっと胸をなでおろす。
「本当ですか、よかったです」
美冬も手を合わせてから料理を口に運ぶ。
いつもよりいい食材を使っているからか、上出来だった。
ご飯がおいしく感じるのはそれだけではないのかもしれない。
いつも一人でご飯を食べていた美冬には、誰かと話しながらご飯を食べることだけでも幸せだった。
食べ終える頃に鏡哉がおもむろに口を開く。
「今日、学校行けそう?」
「はい」
「じゃあ、送っていくから学校に挨拶と手続きをしに行こう」
美冬は言われたことがわからず、鏡哉を見返す。
「住み込みだから、住所が変わるだろう? そうそう、帰りも迎えに行くから、当面の洋服とか取りに君のうちへ行かないとね」
「そんな、送ってもらうなんて悪いです。電車で行きますし。それに学校に挨拶って――」
学校はここから電車で5駅だったので、美冬は謙遜する。
「君の保護者って誰?」
「えっと今は鹿児島の叔父ですが」
「これからは私だから、学校に挨拶に行くんだ」
「わ、わかりました」
(でも、大丈夫かな――)
食べ終わると鏡哉に教えてもらって食器洗浄機に食器をセットする。
「さあ、制服に着替えて。準備できたら出発するよ」
「はい」
左ハンドルのベンツに乗せられ、車には不釣り合いな県立高校に辿り着く。
来賓用駐車場に車を止めるとそこにいた生徒の殆どが足を止め、降りてきた鏡哉を見つめた。
「なに、あのかっこいい人」
「誰かの保護者?」
皆が口々にはやし立てる。
その声が届いていた美冬は、恥ずかしくて車から降りれなかった。
(やっぱ思った通りだ〜〜! 鏡哉さん、超目立つんだもの!!)
助手席で小さくなっていた美冬を見て、先に降りた鏡哉は不思議そうに助手席のドアを開けた。
「どうした? やっぱり体調悪いのか?」
心配そうにこちらを覗き込む鏡哉と目があう。
「い、いいえ。ただ恥ずかしいだけで……」
ごにょごにょと語尾を濁した美冬に、鏡哉は何てことなさそうに答える。
「ああ、君たち高校生からしたら私はもうおじさんだもんな。でも恥ずかしい思いをさせて悪いけど、ここにいてもしょうがないだろう?」
「なっ! お、おじさんなんて滅相もないです!」
とっさにそう言い返した美冬を、鏡哉は手を引っ張って車から降ろさせた。
「え、誰あの子?」
「え〜、知らない」
皆の視線が痛かったが、美冬は我慢して先を歩いていく鏡哉の後をすごすごとついて行った。
受付で要件を伝えると、すぐに校長室へと案内された。