止められない番外編〜由紀と鈴香〜-3
真之助と明日香の熱烈なハグを受けた後は、食事が再開された。
食卓に並べられた料理は金に糸目をつけていないだけあって、どれも最高に旨かった。
もっとも、高かったのは食材で料理をしたのは明日香であるため、明日香の料理の腕が素晴らしいことが伺える。
「相変わらずおばさんの料理はうまいですね!」
「ありがとう由紀ちゃん。そう言ってくれて本当に嬉しいわ」
由紀の賛辞にニヤニヤと頬を緩める明日香。
この言葉を聞くために明日香は料理を頑張るのだ。
食事も大分進み酒も入りだしたころ、真之助のテンションはメンバーの中でも一際高くなっていた。
「それにしても由紀も17とは本当に早いもんだな!後一年で18才か…長かったのー…」
「…?由紀が18才になったら何かあるんですか?」
瀬里奈の質問に、真之助はうむ、と満足げに頷きこう言った。
「18才になったら結婚ができるだろう。そうすればようやく由紀と泉と鈴香が結婚できるじゃないか!」
「まあ♪」
真之助の言葉に喜色満面に同意したのは明日香だ。
瀬里奈はピシッと固まってしまい、由紀と鈴香は顔を真っ赤にさせている。泉は聞こえていないのか、さっきからチビチビとおいしそうに酒を飲んでいた。
ちなみに現在のこの国では、以前は一夫一妻制だったのだが、今では法律でも一夫多妻は認められている。
もっとも経済的な理由等から、何人も妻をもつ男はそういない。
「来年が楽しみだな!新婚旅行は豪華にバリ島にでも行くか?」
「おじさん!な、何言って…」
どんどん話を飛躍する真之助を、顔を赤くさせたまま必死に止めようとする由紀。
鈴香は真っ赤なまま顔を俯かせ、「そんな…私と由紀が…なんて…」とブツブツ言っているし、明日香は真之助が何か言う度に「まあ♪まあ♪」と言って、精神がトリップし始めている。
真之助の妄想、もとい暴走は止まらない。
「早く孫が見てみたなぁ…あっ。由紀よ、まだ結婚できないといっても婚前交渉は許すぞ。むしろ今夜からでも頑張って早く孫の顔を…」
「叔父様」
真之助の言葉を、瀬里奈の絶対零度の一言が凍り付かせた。
瀬里奈の顔は笑顔なのだが、幾度も命がけの修羅場を体験した真之助が、生命の危機を感じた。
「由紀に結婚なんて、いえ、それどころか恋人すら早すぎます。というか必要ないです。叔父様もあまり変な事を言って、由紀を困らせないでくださいね?」
ね?と言った瞬間ピシッという音がした。
音の鳴った方を辿ると、瀬里奈の持っているグラスにヒビが入っていた。
「…ね?」
瀬里奈の般若の笑顔に耐えきれず、真之助はガクガクと首を縦に振る。
由紀は瀬里奈の滅多に見ることのない怒りの姿に震え上がりながらも、ようやく事態が収まったことにホッとした。
たが、
「あら、でも由紀ちゃんにはもう恋人いるんじゃないのぉ?」
さっきまで我関せずとばかりに酒を飲んでいた泉が、とんでもない一言を言った。
今度は部屋中の空気が凍り付く。
さっきまで精神世界を旅していた鈴香も、瀬里奈と一緒にギギギ、と首を由紀の方へ巡らす。
当の由紀は、部屋中から送られてくる視線に冷や汗を流していた。
「何言ってんですか泉さん!俺に恋人なんて…!」
「いないのぉ?」
「いません!」
断言する由紀を、泉はニンマリと眺めた。
「でもついこの間、学校の女の子と歩いてるのを見たけどなぁ」
「えっ?!」
「ほら、これ」
そう言って懐から出したのは数枚の写真。
写っているのは、制服姿の由紀と、同じ学校の制服を着る女の子が並んで写っていた。しかもその女の子、遠目からでもかなりの美人であるのがわかる。
『ほぅ…』
瀬里奈と鈴香の呟きは、殺意が込められている気がした。
「女の子の名前は篠原葉月。由紀ちゃんの一つ下の一年生だねぇ。スリーサイズは上から81、57、83。同級生の間ではマドンナ的存在なんだけど、由紀先輩好き好きオーラを放ってるから告白する男子はほとんどいないんだって。由紀ちゃんは気づいてないらしいけどねぇ。あと…」
スラスラと「私の秘密手帳」と書かれた手帳から、葉月に対するデータを口にする泉。
あまりに詳細な事を語るため、由紀は総毛立った。
そもそも、両親の職業や、好きな異性のタイプなど、どうやって調べたのか聞きたくなるほど事細かに調べ上げている。
由紀以外のメンバーは、泉が言うデータを何の疑問もなく真剣に聞き入っていた。
瀬里奈と鈴香など、葉月のスリーサイズが述べられた瞬間、(勝った!)などと思うくらい、対抗心をメラメラと燃やしていた。
ちなみに瀬里奈のスリーサイズは、86、59、86で、鈴香は87、59、88、泉は90、57、88である。
三人とも抜群のスタイルである。
「あとこれが決定的な証拠だよ〜」
そう言って取り出したのは一本のカセットテープ。
どこにあったのか、ラジカセにセットして再生する。
『先輩。今日は付き合ってくれてありがとうございました』
この声は葉月だ。
しかもこの場面は確か…
いつの状況か思い出して、由紀は顔を青ざめさせる。
「ち、ちょっとストップ!それは…!」
止めようとする由紀を、鈴香が後ろから羽交い締めにした。
「まあまあ。せっかくだから最後まで聞こう」
そう言ってギリギリと締め付ける。…かなり苦しい。
背中に思いっきり胸が当たっているのだが、その感触に浸る余裕はなかった。
会話は続く。
『先輩…突然ですけど、誰か付き合っている人いるんですか?』
ああ…本題に入ってしまった。
由紀は嘆く。
『いや、いないよ』
『本当ですか?噂で北大路先輩と付き合ってるって聞いたんですけど…』
瞬間、部屋の空気が更に凍った気がした。
由紀の心拍数も跳ね上がる。
北大路とは、由紀の同級生の北大路霞のことだ。
こちらは学校のマドンナといわれている美女で、学祭のミスコンに二年連続の優勝経験をもつ。
モデル級のスタイルをもちサバサバとした付き合いやすい性格から、男女共に人気があった。
ちなみに霞のこう言ったプロフィールも泉の悪魔の手帳から語られ、メンバーの不快指数を上昇させた。