F.-9
ライブの後は盛大な飲み会が開かれ、盛大に飲み、盛大に酔っ払った。
真っ赤な顔をした早瀬に死ぬほど絡まれた。
「誘ってくれてありがとなー!今度は俺ら主催のやつにも出てよぉー!」
「うん!出たい!」
「えー?嘘はナシだよー?」
「ウソなんかつかないってば!」
早瀬に絡まれていると、湊がこれまた真っ赤な顔をして早瀬との間に入ってきた。
「邪魔だ。どけ」
「湊じゃーん!今日マジかっこよかった!俺にも教えてよー、ずるいよー」
「あー。うっせーんだよ、テメーは」
ウィスキーのグラスを手に取った早瀬の右手を思い切り叩く。
「痛いーーー!んもー、湊ってば!」
「どこのオカマだよ」
冷静にそう言っているが、身体がユラユラと揺れている。
だいぶ飲んでいる…これは。
「明日」
耳元で囁かれ、ゾクゾクする。
「休みなの?」
「…うん」
「これ終わったらウチ来いな」
陽向はドキドキしながら湊の目を見た。
血走っている。
酔っ払いの目だ。
「なんもしない?」
陽向は顔を綻ばせて言った。
「するけど文句ある?」
湊はうつろな目を逸らし、元の席へと戻って行った。
隣で早瀬がいつの間にかダウンしている。
陽向は手元にあった烏龍茶を一口飲んだ。
ライブが終わってから緊張の糸が切れたのか、なんだか調子が悪い。
風邪のような、倦怠感というか…でも発作ではなさそうだ。
「陽向。大丈夫?」
そう言ってグラスを片手に持ちながらやって来たのは大介だった。
「え?大丈夫じゃなさそう?」
「…いんや。なんか全然飲んでないよーな気がしてさ……これ烏龍茶?」
結構真顔で問われる。
楽しい飲み会なのに、こんなとこでぶち壊す訳にはいかない。
「飲みすぎちゃうとまた帰るの苦労するからさ、ちょっと休憩してんの。でもそろそろ梅酒飲みたい」
陽向が言うと大介は「さすが」と笑った。
無理して飲んだのが間違いだった。
トイレに閉じこもってから、おそらく1時間は経っただろう。
ドアを物凄い勢いで叩かれているが、今のところ「うー」しか言えていない。
「陽向ー!」
大介の声だ。
「おーい!大丈夫かー?」
「んー…」
「開けろよ!帰るぞ!」
「あぃー…」
外に数名いるのか。
ブツブツと何か言っている声が聞こえてくる。
陽向は色んな所に身体をぶつけながら鍵を開けた。
倒れそうになったところを誰かが受け止めてくれる。
「おい」
陽向は何も言えずにしがみついた。
「そんな飲んだんか」
「……」
湊の声だ。
「桑野。こいつの荷物ちょーだい」
「はいよ」
「ちょー重っ。何だこの荷物の多さは」
湊は陽向を負んぶし、荷物も手に取ると「ほんじゃ」と別れを告げた。
外の空気は冬へと向かっている。
だいぶ寒くなったな。
「ひな、へーきか?」
「…ぁぅ」
「そんな飲んだ?」
「飲んでない…」
「ただの酔っ払いにしか見えねーけど」
そう思われても仕方ない。
いつものパターンのようになっているのだから。
でも、今回ばかりは本気で体調が悪い。
陽向は湊の首に回した腕にきつく力を込めた。
「どーした?」
「…具合、悪い」
「飲み過ぎか」
「違くて…ホントに。だから湊の家行けない…」
湊は歩きながら黙った。
「ごめん…」
「じゃーお前ん家送ってやるよ」
「ありがと…」
陽向は湊の背中に頬を寄せた。
家に入り、なんとか着替えを済ませてベッドに潜り込む。
ひどく頭が痛い。
「実際、あんま飲んでないっしょ?」
湊は目を閉じた陽向の髪を優しく撫でた。
「…飲んでないよ」
「急にどーしちゃったかね?ライブは元気だったのに」
「わかんない…」
陽向は湊の手を握って布団に顔を埋めた。
「帰る…?」
「帰るわけねーだろ」
「こっち来て」
湊の腕を引っ張る。
「一緒に寝たい。…寒いの」
湊は何も言わず、布団の中に入ると陽向を前から優しく抱き締めた。
「寒いの?」
コクンと頷く。
ゆっくり背中を撫でてくれる。
「色んなプレッシャーってあるだろ?」
湊が優しく言う。
「結構デカいライブだったから、自分では思ってないけど不安とか緊張が強かったんじゃねーの?」
「…ん」
「明日はゆっくりしよーな」
おでこにチュッとキスされる。
最近、湊と会う度にドキドキしてしまう。
会えない時間が長ければ長いほど、こんなことすら嬉しくて仕方ない。
本当は毎日こうして眠りたい。
毎日一緒にご飯食べて、一緒にテレビ見て、一緒に寝たい。
ベッドは小さくたっていい。
仕事に忙殺されるだけの毎日で、安らぎなんて3ヶ月くらいに1回しかない。
会いたいと言えば無理にでも会えるはず。
でも、互いのペースを崩したくないという意地っ張りな気持ちが互いにあるから、今でもこんなんだ。
一緒に住んだら変わるかな。
きっと変わるだろうな。
良くも悪くも。
新鮮さは欠けるかもしれないけれど、ずっと一緒にいたいんだもん。
ドキドキするのなんて、たまに、特別な時だけでいい。
生きていられる時間の僅かな隙間にもいて欲しいの。
湊……。
「さみしいよ…」
「え?」
「湊…」
「なーに」
陽向は湊にしがみついて涙を流した。
「湊の側にいたい。毎日…」
「……」
「湊と一緒に暮らしたい。…ごめんね、こんなこと言って」
湊は陽向の涙を親指で拭った。
「泣くなバカ」
「……」
「一緒に暮そうって言ったろ」
湊はそう言うと、静かに泣く陽向をきつく抱き締めた。