1. Someone to Watch over Me-20
腕枕が柔らかくて気持ちいい。彼の腕に筋肉は感じない。だがこうやって彼の存在を確かに感じながら添い寝されている心地よさは想像以上だった。今までの恋人は誰一人、セックスの後にこんな時間をもってはくれなかった。
「ウソついたろ」
「……ん?」
悦子が目覚めたことに気づいた平松が髪を撫でてくる。それだけで頭から麗しい感覚が送り込まれてきた。ずっと自分が目覚めるのを腕枕で待ってくれていたのだ。
「エッチしたことないって」
「ウソじゃないです」
「ウソだよ。……そうに決まってる」
悦子は少し身を丸めて、平松に向かって横臥の姿勢になった。平松が近くから見下ろす視線を感じて、片手で顔を隠す。化粧はきっとボロボロだ。キスをしすぎてリップは完全に落ちている。
「なんでそんな疑ったりするんですか?」
「……だってさぁ……」
胸にこみ上げてくるものがあった。「こんなの……」
悦子にとってここまで乱れたのは初めてだと告げるのが癪だった。うー、と呻きを漏らしたあと、
「ああっ、もうっ! ……どおしよおっ!!」
唐突に声を上げた。まどろみが晴れると、平松に抱かれてしまった事実が、現実感を増して悦子を苛んでくる。
「イヤ……、でしたか?」
少し悲しげな声になって平松が問うた。その声音が悦子の胸をチクリと刺す。そうじゃない。自分が酔っ払って平松を初体験に誘ったに違いない。この美貌と魅力的な体だし? 誘惑に乗ったのは無理もない。
「イヤじゃない。……けどさぁっ」
顔を覆っていた手を拳に変えて、何度も額を小突いた。「来週からどおすんだよぉっ! こんなんで仕事なんかできないだろっ……。あああぁ……、もー、何やってんだよっ、わたしっ……」
自己嫌悪に涙が出てきた。せっかく平松が働きやすいようにしていこうと思ったのに、このエロい体が台無しにしてしまった。何て酒グセが悪いんだろう。ヤバい。涙腺が全開になって泣きわめきそうだ。
「チーフ」
そう思ったところへ、平松が悦子の体を抱きしめてきた。なんだこのカラダ、ぽよぽよだな。包み込まれた刹那にそう思うが、心地よさが悦子の落涙を押し止めてくれる。
「……何だよ」
「俺、ジムに通います」
「はあ?」
何言ってんだこいつ、と離れて睨んでやろうとしたが、グッと力を込めて阻まれた。
「筋肉むきむきになります」
いや、マジで何言ってんの?
「……何、それ?」
「付き合ってる人、いますか?」
「……いません」
「好きな人、いますか?」
「あのねっ!」
強く抱きしめられて離れられないので、悦子は首を上げて顔を平松に向けた。「わたし、付き合ってる男がいるなら、……好きな男がいるなら、こんなことしないっ」
間近で睨んでやる。勢いで、そんな軽い女じゃない、と付け加えようとしたが、自分が自分につっこんだ。いや、平松にこうしてる時点で十分軽いだろ。言葉を継げずに隙が生まれた悦子に向かって、平松がいきなりキスをしてきた。
「ンーッ!」
目を瞑って身を捩り、うめき声をあげる。このキスは自分を混濁させる。まともに話をできなくさせてくる。悦子は必死になって平松の唇から離れて更に睨んだ。「なにすんのよっ!」
「彼女になってください」
はぁ!? ――という顔を作ったが、話の流れでそう言われるんだろうと予想していた。言われるのが何故か怖くて認めようとしなかっただけだ。しかし実際言われると思っていた以上に胸が締め付けられて苦しいほど甘痛く疼いた。
ふざけんな、どのツラ下げて言ってんだ。自分で言うのも何だけど、かなり美人だって言われてるんだぞ。あんたみたいな男が相手してもらえるわけないだろ。
だが悦子の口からその言葉は出てこなかった。暫く平松の目を見つめながら、
「……彩奈ちゃんはどうした」
と言った。
「チーフのほうが可愛いです」
「やったね、勝った……、じゃなくてさ!」
頻りに冗談にしなければ、頭の中の理性と胸の中の情念が悦子を引き裂いてきそうだった。「……そんなの、きっと勘違いだよ」
「勘違い?」
「そ。……初エッチしたから、そう思うだけ。情が移っただけ」
言ってて悲しい。遊びのセックスとして済まされてしまう女になりたいわけない。
「そんなことないです」
だから否定してほしいと思っていた。そして否定してくれたから、平松の手が抱きしめながら悦子の背中から脇腹を撫でてくるのを振りほどくことができなかった。
「や、やめ……」
「……俺にされるのイヤですか?」
「イヤじゃない、って言ったし」
「気持よくないですか?」
「そんな問題じゃ……」
平松のやさしい手がヒップを撫で、前に回って脚の間に滑りこんでくる。何度も愛してくれた場所は、まだ甘く痺れて潤いも残していた。指が閉じ合わせた脚の間のヘアを撫で奥の方へ進んでくる。